約 84,466 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2375.html
https://w.atwiki.jp/thelandofdreams/pages/20.html
記念すべきssやら嬉しかった事やらなんでもはれー ©2006 Actoz Soft, All right reserved. ©2006 Gamepot Inc, All right reserved.
https://w.atwiki.jp/jojost/pages/266.html
月曜日。団活が終わり、帰宅した長門は、室内に、何か異質な空気が漂っていることを感じた。 「……」 うまく説明ができない。それは、明確に『何であるか』を認識出来ないような、漠然とした『何か』だった。 瞬時に解析を行う。気温。問題なし。気圧。これも問題はない。異質な空気振動が起きているということもない。 ……室内に、長門ではない、有機生命体の反応が、一つだけ確認できた。 『人間』の反応だ。 「お帰りなさい、長門さん」 キョンの憂鬱な冒険 -アフターロック- 第10話『喜緑江美里は幸せになりたい - プラス・ミリオン・バット・マイナス・ラブ』 「『喜緑江美里』。何故、あなたががここに」 ちゃぶ台の横に正座している喜緑に、長門が、フローリングの上に立ったまま、そう訊ねる。 「遊びに来ちゃったんです、とっても退屈だったから」 長門は、喜緑その表情を見て―――去年の、繰り返しのことを思い出す。 喜緑と長門は共に、594年にわたる『夏』を生きた経験を持っている。 喜緑はその年月の間に、幾度となく『エラー』に見舞われていた。 今、長門の目の前にいる喜緑から、どことなく、そんな『エラー』を起した時の彼女に通じるものを感じる。 もしや。また。『エラー』が発生しているのか。喜緑江美里に。 しかし、彼女の精神は、既に、情報統合思念体によって、『制御』されているはずだ。 「……長門さん、一緒に遊びませんか?」 不意に、喜緑が立ち上がる。 長門は、喜緑江美里の解析を行う。 しかし、別段、普段の彼女と異なる要素は確認出来ない。 「喜緑江美里、あなたに何があったのか、説明を求める」 「わかっちゃいますか? 今、私、とっても幸せな気分なんです」 喜緑は微笑み続けている。おかしい。やはり、彼女は長門の知る喜緑江美里ではない。 何かが起きている。長門や、情報統合思念体には感知出来ない何かが、喜緑の中に発生しているのだ。 「長門さん。私は、救ってもらえたんですよ。もう、『自由』なんです」 もう一度。解析を行う。パーソナルネーム喜緑江美里。身体年齢17歳。身体能力、人並み。許可されている情報操作は、思念体との『通信』のみ。 やはり―――『かわらない』。エラーは検出されない。 ……違う! 「アクセス―――不可能」 喜緑江美里に、それ以上アクセスが出来ない。情報統合思念体の力を持ってしても。 ああ。これはエラーではない……『ウィルス』だ! 「長門さん」 喜緑が、僅かに首をかしげながら、その名前を呼ぶ。 其れと同時に。長門の体が、空中に浮かび上がった。 「っ……」 何かが、長門の首を締め上げている。しかし、その何かが、長門には『見えない』。 これは―――! 「私の『スタンド』……見えませんよね? 長門さんには」 「スタ…ンド…」 長門には決して発生することのなかった、その異次元の能力。 しかし。長門にはない人間らしさを持ち、かつ、『情報統合思念体』の概念から遠ざけて作られた、彼女なら…… 「『スタンド』は、別の『概念』に属する『宇宙』の産物……私は、その『スタンド』に『救われた』。 私を束縛し続ける、終わりのない役目から……『喜緑江美里』を、救ってくれた」 空中に持ち上げられた長門を、喜緑は、微笑を絶やさぬままに見上げ、喋る。 「とっても素敵な『能力』なんですよ。私のスタンドは……長門さん。あなたにも、分けてあげようと思って。 びっくりしないでくださいね? じゃ、行きますよ――― 『プラス・ミリオン・バット・マイナス・ラブ』!」 喜緑が、その名前を口にすると同時に。 「…………――!」 長門の体中に、何かが迸った。 全身の細胞の一つ一つが研ぎ澄まされてゆくような感覚。視界に入るビジョンの全てに、強烈なシャープネスが掛かる。 ぞわり。と、寒気のような―――しかし、決して不快ではない震えが、体の奥底から湧き出してくる。 「あ……ぁ……これ、は……ッ」 解析を行う。今、長門の身に起きている現象の解析を行う。早く。 解析、完了。一部の神経伝達物質の分泌に異常が発生している。また、その再吸収が阻害されている。 シナプス前終末から、神経伝達物資の異常な分泌を確認……C8H11NO2……これは、快楽物資だ。 「ね? 夢みたいな能力でしょう、長門さん?」 喜緑は、笑っている。 長門は、続けて、情報操作を行う。この、脳の異常を修正するのだ。 「! これ……は……できない……情報操作……不可能」 『スタンド』の力が作用して発生した異常。 スタンドに干渉出来ない情報統合思念体では……その修正が、出来ない! 「無駄なこと、考えないほうがいいですよ?」 どさり。と、音を立てて、長門の体が床に落ちる。喜緑の『スタンド』が、長門を解放したのだ。 「長門さん、気分はどうですか? 肉体的には人間と同じなんですから、ちゃんと気持ちよくなってますよね? 私のスタンド、すごいと思いませんか? 誰にでもこんな素敵なものをプレゼントできるんですよ? それに、自分自身はちゃんと……好きなときに、好きなように調節できるんです」 長門は床に倒れ、無表情のまま、瞳孔の開いた瞳で虚空を見つめている。 何度も情報操作を試みる。しかし、この『異常』を修正することが出来ない。 「―――あは……あはははははははははははは」 不意に、喜緑が笑い出す。『調節』を行ったのだ。 「長門さん長門さん長門さんッ、私はもう『自由』なんですよッ あなたの言いように使われるだけの人形じゃないんです―――ッ!!」 喜緑は、荒く息をつきながら、床に倒れた長門の上に馬乗りになる。 「ふーっ、ふーっ、ね、長門さん……長門さんっ! あなたの所為で、私はどれだけ……長門さんっ、聴いてますかァ―――ッ!?」 振り上げられた喜緑の拳が、長門の顔面を殴りつける。 「あなたがっ、悪いんですよねっ、そうですよねっ、長門さんッ!?」 頭の中を駆けずり回っている脳内物資の所為か、殴られる痛みはあまり感じなかった。 喜緑は、十数度ほど長門を殴りつけたあとで、ふと、手を止める。 「はーっ、はーっ、でも、ね、長門さん。許してあげます。私はこれから、自由ですからァ―――。 長門さん、祝ってくれますよね? ね、長門さぁん?」 やはり、これは『スタンド能力』によるものだ。情報操作で解除はできない――― ならば。『喜緑江美里』の情報連結を――― 「パーソナルネーム……喜緑江美里の……情報連結を……」 小声で呟きながら、喜緑に向かって手を向ける。しかし、その手が突然、何かに『掴まれる』。スタンドだ。 そして、次の瞬間。右腕に、燃えるような痛みを感じる。ゴキン。という音が、研ぎ澄まされた耳に届く。 「あっ――――!!?」 『折られた』のだ。長門には見えない喜緑の『スタンド』が、長門の腕を折ったのだ。 「長門さん……まだ足りませんか? じゃあ、もっと『気持ちよく』なります?」 スタンドで長門を捉えたまま、喜緑が笑う。 まずい。これ以上、快楽物資を分泌させられたら――― 喜緑のスタンドが、能力を発動しようとした、その直前に。 「何……やってんだ、お前ら……?」 突然。二人のものとはちがう、男性の声が、その空間に転がり込んできた。 喜緑が、いつの間にか其処に立っていた、その人物を見上げる。 「……『会長』?」 ――― 今、会長の目の前で繰り広げられている、この光景。 会長がその『意味』を理解するまで、少し時間が掛かった。 床に倒れている『長門有希』。この家の主だ。そして、彼女に馬乗りになっている『喜緑江美里』。 『会長』は、何の断りもなく、学校を休んだ『喜緑』の様子を見るために、彼女の自宅であるこのマンションにやってきた。 しかし、部屋を訪ねても反応はない。それで不審に思い、同じマンション内にあるという、長門の部屋を訪れたのだ。 部屋の前まで来ると同時に、室内から不審な物音がする。誰かの叫び声がする。 そして……これだ。 「お前、それ……」 会長の視線の先。喜緑の両の肩の後ろから伸びた、一対の巨大な腕。 真上に振り上げれば、天井など楽に突き抜けてしまいそうなほどに巨大な腕が、長門有希の腕を掴んでいる。会長には、それが『見える』―――! 「会長……会長ォォォ―――ッ! これ、みてください、これ、これ!」 不意に。それまで、ぼんやりと会長を見上げているばかりだった喜緑が、目をいっぱいに見開き、『会長』に飛びついてきた。 同時に、背中の腕が、長門有希の腕を掴むことを止める。解放された長門の腕は、あらぬ方向へと圧し折られている。 「お前……『矢』かッ!? 『矢』にやられちまったのか、お前もっ!?」 「見てください、会長! 私、自由になったんです! 素敵なんです、見てください! 私、私ッ!」 こんな風に、声を張り上げ、まるで子どものような表情で話す喜緑など、初めて見る。 同時に、会長は気づく。喜緑の、焦点の合っていない目に。そして、奇妙なほどにせわしない話し方と、挙動。 「まさか、お前ッ……『キマッちまって』んのかァ――!? 馬鹿野郎、何やって―――!!」 「違うんです、これ、これです、これっ!」 喜緑が指しているのは……背中の腕。おそらく、『スタンド』だ。 「ね、いいですか、会長、これ、触ってもいいですかぁ?」 喜緑が何を言っているのかわからない。その言葉と同時に、背中の『腕』が戦慄く。 「大丈夫ですから、痛くないですからっ」 その腕が、ゆっくりと下りてきて、手のひらで、会長の頭部に触れようとしている。 「―――やめろ!」 咄嗟に、喜緑をその場に残し、背後に飛びのく。 喜緑のスタンドの正体はわからないが、あの『手』は、何かまずい。直感的にそう感じる。 ふと。床に倒れた長門を見る。……長門は、激しく呼吸をしながら、折れた腕を押さえ、血走った瞳で虚空を見つめている。 単純に、痛みに震えているという風とは少し違う。……そう。喜緑と同じ『もの』を感じる。 ……まさか、この『手』に触れられると……ああなってしまうというのだろうか? 「会長……違います、私、会長のこと、『攻撃』なんてしないです。 会長に、幸せになってほしくて、だから、お願いします、触らせてください! 『プラス・ミリオン・バット・マイナス・ラブ』!!」 再び、『会長』に向けて、喜緑の『手』が振り下ろされる。 止むを得ない。『恋人』を攻撃することなど、果てしなく気は進まないが…… 「『ジェットコースタ――――・ロマンスゥ』!! 走れェ!!」 声と同時に、会長の体から『スタンド』が飛び出し、猛烈なスピードで、喜緑の懐に飛び込んだ。 そして、すばやく、その腕を掴み上げる。 「『ボラーレ・ヴィ――ア(ブッ飛べ)』!!」 そして、華奢な体と、其処から続く背中の巨腕とを、まとめて天井に向けて『投げつけた』! 「きゃあっ!?」 叫び声は、喜緑が『天井』へと吸い込まれると同時に、会長の耳には聞こえなくなった。 喜緑は『屋上』に待たせるとして。あまり時間はない。会長はすぐさま、『長門』のもとへと駆け寄った。 「おい、お前、大丈夫かよッ!?」 間近で長門の顔を見て、確信する。やはり、長門も、喜緑と同じ『状態』に陥っている。 やはり、これがあの『スタンド』の能力なのだ。 「……喜緑江美里は……もう……駄目」 「何だ?」 細い喉を震わせて、長門が言う。 「……屋上に……崩壊因子を……時間を……稼いで……」 そう言うと、長門は目を閉じ、なにやら、聞き取ることの出来ない早口で、呪文のようなものを唱え始めた。 「……『屋上』にあいつを繋ぎとめておけばいいんだなァ……チッ、仕方ねえ、頼まれてやるぜ」 言葉と同時に、J・ロマンスの腕が、会長の襟を掴み上げ、天井に向かって放り投げる。そして、その直後、自分自身も天井に向かって飛び、吸い込まれてゆく。 室内には、傷だらけの長門だけが残った。 「……パーソナルネーム……連結解除……申請…………エラー……当該対象の構成情報に……干渉不可な情報を確認……」 ……言葉が途切れ、しばらくの間、長門の荒い呼吸の音だけが、辺りに浮かべられた。 やがて。長門は再び、口を開く。 「……パーソナルネーム……活動……停止……申請…………機能の停止……申請…………」 ―――― 屋上に出ると、真っ先に、コンクリートの上に仰向けに寝そべった喜緑の姿が目に入った。 あの『腕』も見当たらない。『気絶』しているのだろうか。 一瞬、最悪の状況が会長の脳裏をよぎり、その予感が、会長を喜緑に近づかせてしまった。 「……捕まえた」 喜緑の瞼が、突然、ぱっと開き、同時に、満面の笑みを浮かべる。 「ッ!? うおおおお!?」 次の瞬間。喜緑の脇の『地面』から、『腕』が飛び出し、それが会長の体を『掴んだ』! そのまま、まるで人形のように持ち上げられる。 まずい。『手』から抜け出さなければ――― 「『ジェットコースター・ロマンス』、走れ!」 声と同時に、体から打ち出されるかのように、『J・ロマンス』が放たれる。 高々と翳された巨腕を『滑り降りる』かのように、白い体が『すり抜けて』ゆく。 その攻撃の矛先が向かう先は、喜緑本体。手荒だろうと、とにかく、一度気絶してもらうしかない。 「『マイナス・ラブ』!」 喜緑が叫ぶと、その右肩から、あの腕が生える。 どうやら、像を肩に発現させるか、そこらに生やすかは、自由に選べるらしい。 兎も角、喜緑の肩に現れた腕が、振り下ろされる『ジェットコースター・ロマンス』の拳を受け止めんと、喜緑を覆うように手のひらを突き出す。 しかし、その手のひらに飛び込んでいくことは出来ない。『ジェットコースター・ロマンス』は、攻撃をやめ、地に下りる。 「会長、わかってくれましたっ……? わたし、会長と傷つけあいたくなんて、無いです」 「……ああ。ひとつ、分かった事があるぜ」 天高くから、会長は、喜緑の頭上へと叫ぶ。 「お前よォ――どうやら、このデカイ腕のほうじゃ、人を『キメ』れねえみてーだなァ―――!」 「……会長、鋭いですね」 喜緑の言葉と同時に。会長を拘束する腕が消え去り、会長の体は、空中に投げ出される。 「『ロマンス』!」 会長の体が、屋上の床に投げ出される直前。『ジェットコースター・ロマンス』が、会長の体を受け止める。 「ねえ、会長……私、本当に、会長にこの幸せを、教えてあげたい、だけなんですよ?」 「……情けねえなァ、喜緑。お前はもっと、骨のある女だと思ってたぜ」 会長は、スタンドの腕の中から降りながら、ため息と共にそう呟いた。 その視線の先。其処には、相変わらず、焦点の合わない目つきのまま、ふらふらと体を揺らしながら、薄ら笑いを浮かべている喜緑の姿がある。 ……違う。喜緑江美里は、こんな醜い生き物ではなかったはずだ。 「……一回『ブッ飛ばされ』て……目、覚まさなきゃァ――――わからねー様だな」 言葉と同時に。『ジェトコースター・ロマンス』が駆け出す。 「ジェット! 『めくれ』!!」 「ッ! 『マイナス・ラブ』!!」 一直線に向かってくる『ジェットコースター・ロマンス』に向かって、喜緑は両肩の腕を突き出し、防御の構えを取る。 「ラァァァァァァ!」 『ジェットコースター・ロマンス』は、逃げない。両腕を振りかざし、突き出された腕に向かってまっすぐ突進する。 衝突する。喜緑がそう察知し、その体を『捕らえようと』した瞬間。 『ジェットコースター・ロマンス』が、視界から消え去った。 「!」 どこへ逃げたのか。と、喜緑が探す暇も無く。 『床をすり抜けた』ジェットコースター・ロマンスが、喜緑の『背後』に現れるッ! 「ボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラァ!!」 「っ!?」 狙うのは、肩から突き出した『腕』の付け根だ。 『ジェットコースター・ロマンス』の両拳が、流星の礫のごとく、その異形の存在の大本を、連続で殴りつける。 「『ボラーレ・ヴィーアァ―――(ブッ飛ばす)』!!」 最後に、両手の拳を一度に叩き込まれ、喜緑の体が、前方に向けて、まっすぐに殴り飛ばされる。 その軌道上には、『会長』の姿がある。その背後は、もう『塀』だ。 喜緑と会長が衝突する―――事は、ない。 「『すり抜ける』……ッ!!」 『喜緑』は、会長の体と、塀とを一度にすり抜け、『外界』へと放り出される―――!! 「――――『プラス・ミリオン・バット・マイナス・ラブ』!!」 会長が振り返ると。其処には―――― マンションの『外壁』から生えた巨大な『右腕』と、その手のひらに受け止められた、『喜緑』の姿があった。 「……やっぱり、『骨』はあるじゃァね――――か」 「会長……ふふ、うふふふふ、わかりました、会長」 巨大な手のひらの上で、喜緑が身を震わせて笑う。 「私、会長のこと、『お仕置き』してあげますね……ね? 会長、ね?」 「面白れェ―じゃね―――か。俺はマゾじゃねェぜ―――!!」 会長の言葉と同時に。目の前から続く右腕の上を、『ジェットコースター・ロマンス』が駆け出す。 『腕』は喜緑を抱えている。ここで『会長』のスタンドを迎え撃つことは出来ないはずだ。 「『マイナス・ラブゥ―――』!!」 手のひらの上で、喜緑が叫ぶ。 同時に。喜緑を受け止めた腕のすぐ横から『左腕』が現れ、『右腕』の中ほどを駆ける『ジェットコースター・ロマンス』に握りこぶしを撃ち放った。 「『すり抜けろ』! ジェットォ――――ッ!!」 拳が差し掛かった瞬間。『ジェットコースター・ロマンス』が、『右腕』をすり抜けて、『左腕』の攻撃を回避する。 『右腕』の下にすり抜けたジェットコースター・ロマンスは、片手を『右腕』の上方に回し、『腕』に留まる。 「会長、浅はかですよォ―――」 手のひらの上で、喜緑が笑う。 その瞬間。『右腕』がひじを折り、手のひらの上の『喜緑』を、屋上に向けて放り投げた。 「うおォ――――ッ!?」 すると、右腕の中ほどにぶら下がっているJ・ロマンスの体は、猛烈な勢いで『引き上げ』られる。 しかし、問題は無い。喜緑同様に、旨く空中へと飛び出せば、『屋上』へ戻ってくることができる。 『ジェットコースター・ロマンス』は、跳び箱を飛ぶような気持ちで、『右腕』にぶら下がる腕を引き寄せ、そのまま一気に空中へと飛び立った。 反動は十分。『ジェットコースター・ロマンス』は放物線を描きながら、『屋上』へと戻ってくる。 しかし。その起動を追って、握りこぶしを作った『右腕』が、『ジェットコースター・ロマンス』に近づいているゥ――――!? 「『すり抜けろォ』――――!!」 体を震わせて叫ぶが、遅い。宙を舞う『ジェットコースター・ロマンス』の体が、巨大な鉄拳に打たれ、屋上の床に『たたきつけられる』!! 「うぐはァ―――ッ!!」 ダメージはそのまま、『会長』の体へと伝わる。 ……まずいな、こりゃ。『骨』がいったかもしれない。 「会長……これは、私の『勝ち』ですよね?」 ゆっくりと、喜緑が歩み寄ってくる。 畜生。『腕』にジェットコースター・ロマンスを走らせたのは、間違いだったか。 会長が『諦め』かけた、その時。 「……あれ?」 喜緑が、呟いた。 先ほどまでのような、荒れ果てた口調ではない。どちらかといえば、会長にも聞き覚えのある、ゆったりとした語調で。 「あれ……お、おかしい、です……如何して……」 右肩の腕を動かし、喜緑は、自分自身に、『能力の発動』を試みている。 しかし。さっきまでなら、思い通りにあの『状態』になれたはずだというのに。それが、できない。 「……あなたの心機能を、停止させた」 「!?」 ……喜緑が、この方向を振り返ると。 屋上と屋内を繋ぐ扉の前に、長門の姿がある。 「……あなたの能力は、脳が機能していなければ意味を成さない能力。 あなたの情報連結を解除することは、『スタンド』に妨害されて、不可能だった。 しかし、心機能を停止させ、脳を停止させることならば、可能だった」 「……なに、言ってるんですか? それじゃ、私、死んじゃってるじゃないですか だったら―――……私は、なんで、生きているんですか……?」 「スタンドと一体化した精神が、あなたの魂を肉体に留めている……と、思われる。 一種のエラー。おそらく、長くは続かない」 「……私、『死ぬ』んですか?」 「そう」 長門の、冷たい言葉が、屋上の空間に、ゆったりと染み込んでゆく。 「……『生徒会長』の肉体を再構成」 ぽつりと、長門が呟く。 其れと同時に、会長の体を蝕んでいた痛みが、姿を消す。 「おい、長門ォ――――……何か、無かったのかよ、ほかに……」 「……不可能。彼女の能力は、存在し続けてはいけない能力」 「だからって、こいつが死んでも良いってーのかよ……『スタンド』なんざ、勝手にあの犬ヤローだの矢だのに引っ張り出されちまったもんだろォ!?」 「……会長」 長門に掴みかかる勢いで声を荒げる会長に、喜緑が声をかけた。 つい数分前の様子からは、想像も出来ない、落ち着いた声で。 会長が振り返ると、喜緑は、微笑を浮かべながら、言った。 「いいんです。私は―――やっぱり、『救ってもらう』ことが、できましたから」 「……喜緑? お前、何言って……」 「私はですね、会長」 一呼吸を置き――― 「『人間』じゃ、無かったんです。 でも。あの『スタンド』のおかげで、私は『人間』として死ねるんです。 私は、今……とっても幸せです」 「おい……冗談のつもりか、そりゃァ―――」 喜緑は、首を二度だけ横に振った後で…… 「さよなら、会長。大好きでした」 その言葉を言い終えた瞬間。―――まるで、スイッチが切れたかのように、『喜緑』はその場に崩れ落ちた。 ――――― 本体名 - 喜緑江美里 スタンド名 - プラス・ミリオン・バット・マイナス・ラブ 死亡 to be contiuend↓ ――――――――――――――――――――――――― スタンド名 - 「プラス・ミリオン・バット・マイナス・ラブ」 本体 - 喜緑江美里(?歳) 破壊力 - A スピード - B 射程距離 - B 持続力 - A 精密動作性 - C 成長性 - D 能力 - 巨大な腕の形状をしたスタンド。 本体の体(主に両肩)から発現させる場合と 地面などから発生させる場合と、二種類の発動のさせかたがある。 本体の体から発現させた場合、スタンドの手のひらが触れた生き物の 快楽物資(ドーパミン)の分泌を促し 更に再吸収を阻害させることで、相手に多幸感を齎したり 精神的なダメージを発生させることが可能。スタンド麻薬。 地面から発生させた場合は、体から発生させた場合よりも 最大十数倍の大きさで発現させることができる。 しかし、この場合、ドーパミンに作用する能力は発動できない。 また、本体の脳内のドーパミン量は、本体の自由に調節することができる。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
https://w.atwiki.jp/vip-subject/pages/10.html
ss(長編)のまとめです。 2スレ以上使ったssをまとめています。 順はなるべく投下された順にしているつもりです。 理科「ちょっとこれ繋げて読んでみてよ」 数学「えっと、ラッキーマン、コーヒー、ライター」 理科「もうちょっと滑らかに」 数学「ラッキーマンコーヒーライター」 理科「うわ、恥ずかしい」 数学「え、何が恥ずかしいの?教えて?」 数学「(うーん。よくわかんないなぁ)」 数学「(そーだ、誰かに聞いてみよう)」 数学「えっとー、あれはぁ、現代文ちゃんだぁ」 数学「あ、現代文ちゃん?ねえちょっと聞きたいことがあるんだけど」 現代文「これから会議なんですけど」 数学「あ、すぐ終わるからぁ。えっと、理科ちゃんがぁ(略)っていったんだけど、どういう意味?」 現代文「プルプル・・・・」(震えている) 数学「え、どーしたの、現代文ちゃん、真っ赤になっちゃって」 現代文「他の人に聞いてよ!もう!私知らない!」 数学「(わかんないな。なんで現代文ちゃん怒って行っちゃったんだろう)」 数学「(あそこにみんなが集まってるから聞いてみよう)」 数学「ねぇ、みんな理科ちゃんが(略)って言ってたんだけどどういう意味なの?」 古文「うふふふ(喜んでる)」 漢文「数学カワイソス」 保健「今から手取り足取り教えてあげるわ」 倫理「理科ったら純粋な少女何を教えたんですか!もう許さんです!」 英語「まあまあこれぐらいの悪戯は良くあるんじゃないの?」 美術「動かないで」 英語「oh…でもこの姿勢とても辛いデース…」 美術「でも駄目」 英語「…あとどれくらいかかりマスか?」 美術「あと少し」 英語「わかりまシタ…」 30分後 英語「あとどれくらいかかりますカ?」 美術「あと少し」 英語「少しってどれくらいデスカ?」 美術「…二時間」 英語「おだてられて話に乗ったワタシがバカでシタ…」 美術「バカ」 英語「他人に言われるとムカつきマス…」 美術「がんば(ぐっ」 英語「完全に他人事デース…」 美術「出来ましたよ!」 英語「oh!ついに解放されマシタ!」 美術「スミマセン、ご迷惑おかけしちゃって…」 英語「hahaha、気にしないでクダサーイ!」 美術「そう言ってくださると助かります」 英語「それにしても美術は絵を描いてる時と普段では別人デスネ」 美術「はぁ…いつも夢中になるとまわりが見えなくなっちゃって」 英語「それだけheartを込めて描いた絵、きっと凄いはずデスネ」 美術「えぇ、今年で最高の出来ですよ」 英語「それは楽しみデース、見せてクダサイ」 美術「どうぞ」 英語「………」 美術「どうですか?」 英語「ワタシ…こんなに胸小さくありまセーン!(ビリビリ」 美術「アッー!」 数学「………」 英語「どうしたデスカ?数学」 数学「…何食べたらそんなに背高くなるの?」 保健「え?ナニを食べ…」 給食「落ち着けバカ野郎」 数学「は、話の輿を折られちゃったけど…」 英語「ン~…何と言われても普通にしてただけデース」 数学「食文化の違いかなぁ…」 英語「小さいこと気にしてマスカ?」 数学「あぅ…その…」 給食「数学、まだ気にしてるの?」 数学「給食ちゃんは黙ってて!」 英語「oh…喧嘩はダメデース」 給食「大体ね、英語は確かに背は高いけど乳は小さいのよ?」 英語「そっ、それは関係ありまセーン!」 給食「大事なのはバランスよ?」 数学「う、う~ん…」 英語「ちょっと納得してるー?!」 数学「給食ちゃんはスタイルいいからそんな事いえるんだよぅ!」 給食「まぁ確かにその辺の女とは格が違うし?」 英語「ワタシの胸を見て言わないでクダサイ!」 保健(給食はスタイル良し…っと) 数学「小さいって生徒にまでからかわれるんだよ?」 英語「ワタシも陰で貧乳言われてマース…」 保健「また揉んであげ…何で逃げるの~?」 数学「私だって大きくなりたいよ…いつも上から見下ろされて…」 給食「いいじゃない別に」 数学「どうして!?」 給食「私は今のままの数学が好きだよ(きゅっ」 数学「ななななな何を…!?」 給食「変わりたいなんて言わないで…今のままで魅力的だから」 数学「給食ちゃん…」 給食「ぬいぐるみみたいで可愛いわよ」 数学「あぅ~…またバカにするぅ…」 保健「百合の匂いがするから戻ってきたのにぃ」 給食(あぶねー、厄介なのにバレるとこだったわ…)
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3243.html
それは満月の夜の出来事だ。 その日の夕刻、俺は書記である喜緑くんの姿がないことに嫌な感じを憶えていたが、 帰り際に下駄箱に入れられた殴り書きの脅迫文を読んで、その予感が的中してしまった。 「お前の書記は預かった。○○川××橋の河原まで来い。警察には連絡するな」 実は数日前に校内を荒らしている不良グループをいろいろな手を使って 退学に追い込んだという経緯がある。通常なら更生させるという手段が真っ当かも知れないが、 奴らはもはやそれを望めず、生徒への害を振りまくしかないと判断した。 ま、お飾りの生徒会長な俺でも、さすがに奴らの行動には目に余ったからな。 個人的にも目障りだったから追放してやったというわけだ。 しかし、その脅迫文のサインを見るとどうやらその不良グループのリーダが喜緑くんを誘拐――拉致したようだな。 この定番で稚拙な脅迫文の書き方からして、後先を考えない行動をする知的レベルの低い存在であることは疑いようがないが。 さて。 「行くか」 俺はその脅迫文を破り捨てると、指定の場所へと向かった…… 「へえ、逃げずに来るとは泣かせるじゃねえか」 雲一つないきれいな満月の夜空にふさわしくない下劣な笑い声。指定された場所に来てみれば、 十数人の武装――とはいってもバットや鉄パイプ程度だが――したいかにもな連中が待ち受けていた。 その中心では跪かされた喜緑くんの姿もある。彼女の力を考えればなぜこんな囚われの身になっているのか 正直理解しかねるのが本音だが…… それについては、俺を呼び出したリーダ格の男が勝手にしゃべってくれた。 「この女も健気でいいねぇ。適当にお前の学校の生徒を拉致ってヤルっていったら、自ら進んで俺たちについてきたよ。 自己犠牲心って奴かぁ? ならこっちも遠慮なくってわけだ」 正直、この野郎と同じ空気を吸っていることすら嫌悪感を憶えるぜ。 そいつは未成年であることも全く気にせず、近くに置いてあったビールを瓶ごとラッパ飲みしている。 軽く酔っぱらっているのだろう。少し顔も紅潮してテンションも無駄に上がっているようだ。 これ以上、このバカに付き合う義理もないか。 「随分と虚勢を張っているようだが、ようは実力では俺に対抗できないから、人質を取ったと言うわけだな? あまつさえ、それでも一人ではダメだと思って仲間まで集める用心ぶり。慎重と言えば君の神経を逆なですることはないだろうが、 逢えて言わせてもらおう。それはただの臆病だ、とな」 「なんだと……!」 俺の挑発にあっさりと激高したそいつは、持っていたビール瓶をたたき割り、その割れてとがった刃先を喜緑くんの顔に近づける。 ちっ、彼女なら顔を傷つけられたとしてもあっさりと修復できるだけの力はあるだろうが、 はっきり言おう。彼女の顔が一瞬でも傷つけられている瞬間など見たくはない。 だが、この人数差――さて、どうしたものか。 「へへっ、この女が無事でいて欲しければ、動くんじゃねえぞ。おら、やっちまいな」 リーダ格の男の一声で周りにいた仲間どもが一斉に俺に襲いかかった…… 「ぐうっ!」 俺は圧倒的な人数差と人質という不利な条件で全く反撃もできず、ひたすら嬲られ続け、 最後は二人がかりで地面に押しつけられた。屈辱的な仕打ちだが、彼女が傷つくことを考えれば、痛みも柔らぐってもんだ。 「ざまあねえなぁ。偉そうな口をきいておきながらよぉ、その程度かよ」 圧倒的有利な奴が吐く定番台詞だな、全く。こういう事のは伝統的に誰か伝えてでもしているのか? しかし、俺の意志が全く挫かれていないことに気がつくと、またカルシウム不足にもほどがあると言いたい怒りを浮かべ、 「何だよ、その目は。まだやれるって言いたげだな。なら、今度はこの女をいたぶってやろうかぁ? ほれ、満月にふさわしい月見酒だ。テメエの女が杯代わりにな」 また下劣な笑みを浮かべ、新しいビール瓶を持ち出すと、ふたを開け喜緑くんの頭上からそれを注ぎ始める。 「貴様……!」 思わず自重し続けた俺の怒りが口から飛び出してしまった。ちっ、何とか今まで堪えてきたってのに。 俺の反応がさぞかし満足だったのか、ますます調子に乗り始め、 「どうやら、テメエが傷つくよりこの女を痛めつけた方が効果があるようだなぁ。 だったら、今からお前の目の前で俺たちオールスターによる球技大会をみせてやるよ。もちろん種目競技は玉転がしだ」 ポロリもアルよ!と取り巻きから下らなすぎる捕捉が入る。 ちっ、それだけは何としてでも避けたいが、どうすることもできない状況だ。あとは喜緑くんが自力で何とかするのを待つしかないが、 なぜここまでされてもまだ跪かされたまま身動き一つしない。何を考えている? 取り巻きの男たちは、もはやケダモノ精神丸出しで彼女への包囲網を狭めていった。 気の早いことにすでにズボンに手をかけているものまでいる。 ――だが、リーダ格が何気なく放った次の一言で全てが変わった。 「にしてもこいつの髪の毛おもしれえな。ビールをかけるとふやけてアレみたくなる。おっと、これが本当のわかめ酒――うぎゃあ!」 突如としてリーダ格の男が絶叫した。見れば、喜緑くんの手がそいつの手首をつかんでいる。 それも、まるで握りつぶされるソーセージのようになっていた。あれは痛いどころの話ではない。 中の骨も完全に粉砕されているんじゃないだろうか。 「最重要警戒禁止ワードを確認……インターフェース上の感情制御回路にエラーによる暴走を確認も、これを許容……」 ゆらり、と喜緑くんは立ち上がった。リーダ格の手首はまだ握ったままだ。そいつは絶叫するだけで精一杯で 彼女に対して抵抗すらしていない。 彼女の顔はややうつむき加減のため、その視線まで見ることができなかった。 しかし、俺には別のモノがはっきりと見える。恐らく周りの連中にも見えているだろう、彼女を覆う『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……』という見えない擬音が。 唐突に、クギャと悲鳴なのか人体の軋むものなのか判別不能な音が俺の両耳を貫く。同時に、俺を押さえつけていた二人の男が 数十メートル先まですっ飛ばされ、最後には川の中心部分に着水した。どこか身体の一部でも機能不全に陥ったのか、 まともに泳ぐこともできずばしゃばしゃと下流の方へ流されていく。 俺はようやく自由の身となったものの、身体の隅々に激しいダメージを受けていたため、立ち上がるだけで困難だった。 しかし、不良どもの注目はすでに喜緑くんになっているらしく、俺には目もくれず一斉に彼女の眼前に集結している。 ここに来て、彼女はようやくリーダ格の男の手を離した。代わりにその空いた手でまるで顔の仮面をはぐような動作を見せる。 ただ、ちょうど彼女は俺から背を向けているためその様子を見ることはできないが。 「ふざけやがって! 今すぐぶっ殺して――」 リーダ格の男が涙目で喜緑くんを怒鳴りながら、その彼女を睨みつけ―― それから数十秒間、周りの取り巻きを含めた絶叫のオーケストラが開始された。みな彼女の顔を見たとたんに、つばを飛ばし、 泡を吹き、ある者はまるで絞首でもされているかのように舌を大きく吐きだして呻いている…… 耳をつんざく地獄の発狂が終わったとき、俺と喜緑くん以外は全員白目をむいて気を失っていた。 まあ、ピクピク反応しているところを見ると死んではいないだろうが、心に重大な傷を負ったのは間違いなさそうだな。 ふと、すっと彼女は俺の元に立ち手をさしのべてきた。その顔はいつものようににこやかで穏やかなものだ。 だが、俺はその手は受け取らず、自力で立ち上がる。酷い奴なんて言うなよ。彼女を助けに来ておきながら何もできなかったんだから、 その程度のプライドぐらいにはすがらせてくれ。 俺は自分の服に付いた土を払いながら、 「怪我はないか?」 「そうですね。自宅に戻った後にお洗濯をする必要の手間が一つ増えたぐらいです」 そう彼女はいつもの笑顔のまま、ビールまみれになったセーラ服に触れる。 俺はぼりぼりと後頭部をかきながら、 「今回の件については謝罪しておこう。こいつらがここまで性根が腐っているとは判断できなかったのはわたしの失策だった。 結果として喜緑くんを巻き込んですまなかったと思っている」 「構いません。これも生徒会の役目。会長のお役に立てるなら、光栄です」 月明かりに照らされた彼女の笑みは、どこまでも柔らかく見えた…… 俺と彼女のそんな満月の夜の出来事だった。 ~おわり~
https://w.atwiki.jp/ce00582/pages/2512.html
java03class java4class java5class java11class
https://w.atwiki.jp/dangerousss3/pages/259.html
野試合SSその2 聖槍院九鈴は、朝から海老カツだった。 普段は質素な聖槍院家の朝食だが、九鈴の試合がある日は彼女の好物である海老のカツが食卓に上るのが恒例となっていた。先日まで開催されていた「ザ・キングオブトワイライト」という魔人同士の比較的平和な格闘大会に九鈴は参加し、一回戦で敢えなく敗退はしたものの、敗者による裏トーナメントに於いて見事優勝を収めたのだった。 大会は興行的にかなりの成功であったようで、閉会後の特別企画として大会参加者である九鈴と雨竜院雨弓によるエクストラマッチが行われることになった。ゆえに、今朝は海老カツなのである。 九鈴はしゅわしゅわと音を立てる海老カツをトングで挟んで油の中から取り出し、少しのあいだ金網の上に置いて油を切ってから、さくりと包丁で半分に切り断面を見て火の通り具合を確認する。加熱によってタンパク質から遊離した、アスタキサンチンの赤が美しい。そして九鈴は、家族それぞれの皿に海老カツを並べていった。 ただし、実のところ彼女が行っているのは配膳だけであり、調理のほとんどは母親によるものである。もちろん九鈴もそれなりに料理ができないわけではないが、うっかりすると母親に任せっきりになりがちなのは反省すべき点だと思っている。まあ、今日は試合の日なのでこれで良いのだ。 「もぐもぐ。ロブスター=サンはおいしいなぁ」 いつの間にか「いただきます」も言わずに、弟の九郎が海老カツを盗み食いして平らげていた。九郎は10歳。育ち盛りの食べ盛りではあるが、これは少々行儀が悪い。 「ちょっとダメでしょ。いつも言ってるよね? 小型の海老は『シュリンプ』だって」 九鈴は少し厳しい口調で弟をたしなめた。彼女には風変りなところがあり、海老とか蟹については何故かちょっとうるさいのだった。なんでだろうね。 「お、海老カツかー。今日は雨弓君と試合する日だったなー」 朝寝坊な九鈴の父親が、のっそりと現れた。大柄で、武骨で、人類を大雑把に分類するならば雨竜院雨弓と同じジャンルに属する人間である。 「九鈴。試合もいいが、雨弓君とお付き合いする気はないのか?」 「お父さん、ソレはやめなさい。九鈴も困ってるでしょ」 同類だからだろうか、九鈴の父は雨弓のことをやけに気に入っている。そして、いつもの無遠慮な提案をして、母にぴしゃりとたしなめられた。何度も繰り返されてきたおなじみのやり取りだ。九鈴は本当に困った表情で、口の中の海老カツを咀嚼して、飲み込む。母さんの海老カツはとてもおいしい。そして、九鈴はいつもと同じくこう答えるのだ。 「それはムリなの。だって雨弓さんは雨雫のものだから……」 ††††† また、雨雫の夢をみた。雨弓の従妹。この世を去った恋人。雨竜院雨雫の夢をみた。あの日から8年の時が経ったというのに、あの時の記憶は未だ色褪せず生々しい。 雨弓がみる雨雫の夢は、大きくわけて二種類。ひとつは雨雫があの世から帰ってきて結ばれる、幸せで未練がましい夢。もうひとつは、雨雫が死んだあの日の、狂おしく身を裂くようなリフレイン。 昨夜の夢は、悪い方の夢だった。 雨弓は、最愛の人を自らの武傘で殺めた。仕方がなかった。殺さなければ、自分が殺されていた。いや、仕方ないなどということはない。もっと自分に力があれば、あるいは殺さずに済んだかもしれない。力が足りなかったのならば、自分が殺されれば良かっただけかもしれない。 雨雫は運命に呪われていた。可憐なその身の裡に、邪悪な双子の兄が取り憑いていた。邪悪な兄に、名はない。そいつは、雨雫の左肩に宿った人面疽だった。 雨雫の精神が弱った時、邪悪な兄が彼女の肉体を乗っ取り悪行を働く。あの日、奴は、雨竜院家の門下生である女性を陵辱目的で襲い、殺した。 殺人犯を追った雨弓は、邪悪な兄が操る雨雫と戦い、そして、殺害したのだ。兄に支配された雨雫の肉体は男性化し、雨弓を上回る膂力を発揮していた。 もう何百回も夢の中で繰り返した通りに、雨雫の左肩に憑いた悪魔を抉り殺した。雨雫の心臓もろともに。そして、死にゆく雨雫を抱き締め、口付けをした。体温が失われてゆく雨雫の体を、降りしきる雨の中で、抱き締め続けた。 これから雨竜院雨弓が戦う聖槍院九鈴は、雨雫の親友だった女性だ。雨弓と雨雫の仲を取り持ってくれた恩人でもある。だが、そんなことは今は関係ない。 九鈴の修めた武術「トング道」と魔人能力「タフグリップ」が、雨弓の胸を踊らせている。彼女とならば、「あの映画」やふざけたアナウンス改変のような不純物の混じらない、本当の戦いが楽しめるはずだ。 苦い夢を頭の中から押しやり、雨弓はこれから繰り広げられるであろう死闘に思いを馳せた。戦うこと。強くなること。雨弓にとって、それは神聖なことだった。――雨雫を救えなかった弱い自分を、消し去ろうとしているのかもしれない。 ††††† 世界は改変されて平和になった。しかし、すべての不幸が消えてなくなったわけではないのだ。例えばこのビル。日本で最も高いビル、高さ400mの「あしやドミチル」もその一例だ。あまりに高すぎる維持費による経営破綻劇の裏側で多くの者が首を吊り、いずれこのビルも解体される予定となっている。 試合会場である廃ビルのふもとに、雨弓と九鈴が並んで立ち説明を受けている。簡素な野外ステージが設営され、大勢の魔人格闘ファンが、試合開始を待ちわびている。 「試合エリアは解体予定の廃ビル敷地内。電気は一応流れていますが、いつ止まるかわからないのでエレベーター等の使用には御注意ください」 大会本編で司会を務めた佐倉光素が、この試合では審判も兼ねている。あくまでも番外編なので、大規模なマネーは動いていないのだ。ただし、天狂院癒死が医療スタッフとして控えているため、大抵の死に方なら復活できるはずである。存分に殺し合える舞台――それは、雨弓にとっても九鈴にとっても望ましいことだった。 「念のため。空中に居る場合はビルから50m離れるとアウトです。ビルはいくら壊してもOKなので、お二人とも魔人能力の限りを尽くして、全力で死闘を繰り広げてください!」 光素の語調は「魔人能力の限り」の箇所で特に強くなった。光素を突き動かす原動力は善意ではなく好奇心である。魔人能力を観察するためならば、人心を弄ぶ外道なマッチングも辞さない。例えば雨竜院雨雫の――いや、それは別人の所業であったか。 「皆様おまたせしました。それでは試合開始です!」 光素は手に持った鉄板を、退場宣告するサッカー審判のように掲げた。すると、雨弓と九鈴の姿が消え失せる。光素の瞬間移動能力により、廃ビル内に転送されたのだ。なお、光素が瞬間移動能力を使う際に鉄板を掲げる必要は特にない。たぶん、審判っぽいアクションをしたかっただけなのだろうと思われる。 ††††† 雨弓が転送された87階はホテルの客室フロアの廊下だった。そもそも、商業フロアは30階までなので、ランダム転送では客室フロアに出る可能性が最も高い。 手近な部屋の扉を開けて中に入ると、雨弓はまずバスルームの水道を確認した。蛇口を捻る。勢い良く水が流れ出し、シンクに積もった埃を洗い流した。 雨弓の幻覚能力「睫毛の虹」を使用するのに必要な空気中の水分は、これで確保できた。どれほどの給水能力が残されているかは不明だが、少なくとも背負ってきたポリタンクよりは多いだろう。 雨弓は窓辺に近付き、山手に広がる瀟洒な住宅街を見下ろして目を細める。こうやって高い所から眺めれば、街の裏側で繰り広げられる犯罪行為は影も見えず、平和そのものの光景だ。 「さて、愛しの姫君をどこでお待ちしたらロマンチックな雰囲気になるかねぇ」 そう言って雨弓はニヤリと笑った。言葉とは裏腹に、勇者を待ち構える魔王のような、凶悪な笑みだった。九鈴との命を懸けた戦いが、心底楽しみだった。雨弓は心の昂ぶりを抑えきれず、武傘を乱暴に振り下ろす。ダブルサイズのベッドが、一撃で真っ二つにへし折れた。 ††††† 九鈴は、地下二階の駐車スペースに転送された。何も見えない暗闇の中、トングで床を叩き、ソナーのように周囲の状況を把握する。 集中力が高まり、感覚が鋭敏になっている。予期せぬ闖入者を見て慌てて逃げ出す小さなダンゴムシたちの可愛らしい様子まで、はっきりと判る。大丈夫だ。これなら存分に殺し合える。 周囲の構造から、自分は地下にいると九鈴は判断した。ならば上に登ってゆくだけだ。シンプルで良かった。 おそらく、雨弓は高層階で待っているだろうと九鈴は予想している。天を奉ずる雨使いの性だろうか、あるいは単に馬鹿だからか、雨弓は高い所が好きだった。授業をサボった雨弓を探して、校舎の屋上へと雨雫が向かう姿を何度みただろうか。 エレベーターの使用は危険と判断し、九鈴は非常用階段を登っていった。多数のトングが詰まったキャリーバックを手に、百階近いビルを階段で登るのは魔人の体力でも大変なことだ。だが、九鈴は楽しくて仕方がなかった。もうすぐ雨弓と殺し合えることを思えば、階段など苦にもならなかった。 ††††† 地上94階、展望レストラン跡。九鈴が到着した時には、既にフロア全体が湿気に包まれていた。散水によって雨弓が能力を発動するための条件が満たされているのだ。頬に当たるひんやりとした空気に、雨弓の本気を感じて九鈴は嬉しかった。 「待ってたぜ。疲れてるなら少し休憩してもいいぞ」 雨弓は逸る気持ちを抑えて言った。策の限りを尽くして殺し合うのが望みだが、それには九鈴の状態がベストでなければ意味がない。 「ごしんぱいなく。――おしてまいります。雨弓先輩……!」 九鈴は二本のトングを両手に構え、トングの先でガリガリ床を掻きながら雨弓との距離を縮めてゆく。九鈴は笑っていた。焦点の定まらない虚ろな瞳。既に戦いの狂気にその身を浸していた。 雨弓は視界を赤外線視に切り替えて九鈴の体表温をスキャンした。光の屈折を操作する「睫毛の虹」の応用技術だ。エロ目的でも使えるため誰にも教えてない秘密の技である。九鈴の足にかなり疲労が蓄積されているのが見て取れたが、戦闘に大きな支障はなさそうだ。 「いくぜェ、九鈴! 悪いが、手加減なしだ!」 臨戦態勢に入った雨弓は、独特の歩法「蛟」によって音もなく滑るように間合いを詰め、長さ2mの番傘、武傘「九頭竜」による突きを放つ。雨竜一傘流の基本技「雨月」。雨弓の巨躯と巨大武傘による長大な間合いが、九鈴の遥か遠くから襲いかかる。 しかし、九鈴は無反応だった。その目はあらぬ方向を向き、歩調に変化はなく、ガリガリとトングを鳴らしながら歩き続けていた。武傘が九鈴の身体を突き抜ける。――血は流れない。「睫毛の虹」による幻影の攻撃だからだ。 次の瞬間、九鈴は左に身をかわし、虚空に向けてトングを伸ばす。ガチン。何もない空間で金属音が鳴り、トングが弾かれる。幻術が解かれ、見えない「雨月」を放った雨弓の姿が現れた。姿を消して時間差攻撃を仕掛けていたのだ。九鈴は幻影に惑わされぬ完璧な対応で、武傘をトングで挟み取ろうとしたが、雨弓は傘を捻って弾き、掴ませなかった。 「シィイイヤアアアァッ!」 叫び声と共に武傘による連続突きを放つ雨弓。雨竜院一傘流の「篠突く雨」に幻術によるフェイントを交えた猛攻。九鈴は冷静に二本のトングで巧みに捌く。しかし、タフグリップ把持には至らない。トングに挟まれる寸前で武傘は素早く逃げてゆく。 「たあっ!」 連撃が僅かに緩んだ隙に、地を這うようなトングが雨弓の左脚を鋭く狙う。体重移動のタイミングを完全に捉えられ、脚を引いて逃げることは不可能であることを悟った雨弓は右下段蹴りでトングを逸らし、そのまま踏み込んで九頭竜を振り下ろす。九鈴は舞うようなステップで打撃を回避する。 お互いに技を知り尽くした仲のせめぎ合い。傍目には達人同士の血も凍るような技の応酬だが、雨弓も九鈴もこの程度の戦いでは満足できない。こんなのは道場稽古の延長線上に過ぎないのだ。二人が望むのは――命を賭した殺し合い。 武傘とトングが激しく交錯する中、雨弓は違和感を感じていた。幻術への九鈴の対応が完璧すぎる。完全に見切られているどころではなかった。幻術を使っていることに、気付いてすらいないような動きだった。雨弓は一旦距離を取り、疑問を口にする。 「九鈴……お前の目、どうなってるんだ?」 「めはやきました。雨竜院の雨は、もはや私には届きません――私の瞳には、太陽が宿っているのです」 双眼鏡で太陽を直視することで、九鈴はあらかじめ視覚を捨てていた。絶対に真似してはいけない完全な幻術対策である。 懐から投擲トングを取り出し、三本連続で投げつける。飛来するトングの先に挟まれた粘土のような物質を見て雨弓は戦慄した。C-4プラスチック爆弾。信管を挟み込んで固定した「タフグリップ」を遠隔解除することによって、任意タイミングで起爆することが可能である。 雨弓は九頭竜を開いて防御する。ガウン。ガウン。二発立て続けに傘面で爆発が起こり、特殊合金製の骨組みが軋む。傘を回転させる防御技「雨流」によって衝撃を受け流さなければ、ダイヤモンド粒子で強化した特殊繊維の布ですら無傷では済まなかったろう。 傘を閉じると、雨弓に背を向けて走る九鈴の姿があった。キャリーバックを手に持ち、階段室へと向かっている。なぜ逃げるのか。足元に転がるもう一本のトングを赤外線視した雨弓は危機を察知する。トングの先端温度が異常に低下していた。急激な気体の膨張による温度低下だ。タフグリップ捕集された何らかの気体が放出されているのだ。 雨弓は全力で跳んだ。武傘の一突きにより、天井を突き破ってビル屋上に退避する。雨弓を追撃するように、穴から酸っぱいアーモンド臭が立ち昇ってきた。この匂いは――青酸ガスだ。 「よいはんだんね。うれしいわ。簡単に死なれちゃ困るもの」 心底うれしそうに、軽い足取りで九鈴も屋上にやってきた。雨弓も、本気すぎる程に本気な九鈴の殺意をうれしく思った。 「ハハハハハハ! そうだ! この感じだ! 戦、俺にはそれが必要だ! ……ったく、真剣勝負ってのは良いモノだぜ、ファントムやポータル・ジツの邪魔が入らなきゃ、尚更だ……!」 再び激しく武傘とトングがぶつかり合う。幻術が意味を為さない今、完全に武芸の技を競う勝負である。いや、「タフグリップ」がある分、九鈴に利があるだろうか。一度でもトングが相手を捉えれば、死ぬまで離さず喰らい付くのだから。左右二本の死の咢が、雨弓を喰らわんと踊っている。 「せいやあっ!」 床面に突き立てたトングを軸にした、九鈴の高々度右上段回し蹴りが放たれる。頭部を狙った蹴りを、雨弓は左手でブロックする。その瞬間。九鈴は脛に仕込んでいたトング爆弾を起動した。ガウン。爆音が響き、九鈴の右脚と雨弓の左腕に大きな損傷。だが、そのダメージは重要ではない。重要なのは、爆発によって生じた隙に、九鈴のトングが武傘を捕獲していたことだ。 「しんでください!」 トング道の合気によって雨弓の巨体が宙を舞い、脳天から逆落としでコンクリート床面に叩きつけられる。床面に丸く血の跡が描かれる。激突の衝撃をトングの合気で投げ技のエネルギーに変換。床面でスーパーボールの如く跳ね返った雨弓の巨体が再び宙を舞う。だが、雨弓は冷静にタイミングを見計らっていた。トングに捉えられた武傘を手離し、背後に素早く回り込んで丸太のような腕で九鈴の気道を締め上げる。 「もらったぜェ九鈴。これで終りかなァ……!!」 「うっ、うぐううっ!」 苦しげに呻きながら、九鈴は逆手に持ったトングで雨弓の脇腹を何度も突き刺し抵抗する。脇腹から血が滲むが、分厚い筋肉に阻まれてトングは貫通しない。九鈴の喉を締め付ける腕の力が増してゆく。ガウン。九鈴の左肩に仕込まれたトング爆弾が炸裂した。九鈴の肩が抉れる。間近で起きた爆発に顔面を激しく焼かれ、雨弓の腕の力が緩んだ。腕の隙間にトングを滑り込ませて梃子の原理を利用して引き剥がし、九鈴は絞め技から脱出した。 5mの距離を置き、対峙する二人。左手をだらりと垂らし、右腕一本でトングを構える九鈴。焼けただれた顔面に凶悪な笑みを浮かべ、素早く回収した武傘を構える雨弓。両者とも重傷を負っているが、その全身に殺意が漲っている。しかし、雨弓の心には隙が生じていた。左肩に大きな傷を負った九鈴の姿に、自ら殺めた恋人・雨雫の最後の姿がだぶって見えたからだ。九鈴の痛々しい姿に目を奪われていた雨弓は、自分の背後に九鈴のキャリーバックがあることに気付くのが遅れた。 ガガガガガガガガウゥゥーーーーン! 爆音が鳴り響いた。空気の振動は地上の特設ステージにまで伝わり、上空を一斉に見上げた魔人格闘ファンたちの歓声が上がった。キャリーバック内に満載されたトング爆弾が一斉に起動され、雨弓の至近距離で爆発したのだ。 ††††† 九鈴の身体が、宙を舞っていた。九鈴の腹部に突き刺さる、武傘「九頭竜」先端の突剣によって吹き飛ばされたのだ。鳴り響く爆発音によってトング・エコロケーションが機能しなくなった瞬間に合わせ、雨弓は九頭竜の突剣射出機構を作動し九鈴を狙撃した。視覚を失っている九鈴に、避けるすべはなかった。 ビル屋上の転落防止柵を飛び越え、九鈴は落ちてゆく。(わたしのまけだ……)九鈴は満足していた。雨弓の耐久力ならば、あの爆発でも生き延びられるだろう。九鈴が地上に叩きつけられて死に、それで決着だ。理想的ではないにせよ、九鈴にとっては悪くない結末だった。 ――逞しい左手が、九鈴の足を掴んだ。落下速度が弱まる。至近距離の大爆発で瀕死の重傷を負いながらも、雨弓は九鈴を追って飛び降り、捕まえたのだ。右手には開かれた大きな傘。巨大な傘によって落下速度が削がれ、ゆっくりと二人は落ちてゆく。雨竜一傘流「落下傘」である。雨弓は爽やかな笑顔で言った。 「俺の勝ちだな。楽しかったぜ」 九鈴の顔から血の気が引いた。 「それじゃダメなの!」 トングが鋭く動き、雨弓の右手を捉えて指をへし折った。不可解な九鈴の行動に雨弓は対応できず、その手から傘が離れる。再び自由落下が始まった。 「バカ九鈴!! 何かんがえてやがる!!」 雨弓が叫んだ。九鈴の行動の意味がまったく解らない。 地上まであと8秒。 「うらやましいの! 雨雫のことが!」 地上まであと6秒。 「ころしあいたい! 最後まで! 私も雨弓さんの永遠になりたいの!」 雨弓と九鈴は、お互いに殺し合いを望んでいた。だが、殺し合いに求めるものはまったく違っていた。雨弓は単に、殺し合いの過程を楽しみたかった。九鈴は、殺し合いの結果が欲しかった。殺し合いの結果が、雨弓の心に永遠に刻まれることを望んだ。それだけが、死によって雨弓の中で永遠の存在となった雨雫に追いつける唯一の方法だと信じていた。だから、戦いの結末はいずれかの死である必要があった。 地上まであと3秒。 「すまなかった……」 九鈴が何を考えているのか、雨弓には理解しきれなかった。だが、自分が九鈴を苦しめていたことだけは解った。雨弓は九鈴の体を引き寄せ、護るように強く抱き締めた。この落下速度ではいずれにせよ二人とも死ぬだろう。それでも、落ちる体勢は大事だと考えた。 地上まであと1秒。 ……。 地面に激突する寸前。地上30cm。不意に落下速度がゼロになった。一瞬の停止の後、ごく短距離の落下が再開し、二人はほとんどダメージなくどさりと地に落ちた。 何が起きたのか。ざわつく観客たち。やがて、観客たちの視線は一人の少年に集中していった。 少年は最初、なぜ自分が注目を集めているのか判らなかったが、すぐに状況判断して能力を使い、特殊銃を生成した。能力名「ガンフォール・ガンライズ」。物体の鉛直移動を自在に操るスタームルガーmk2を手に、少年は華麗なガンスピンを披露する。隣席の可憐な少女の視線を意識しながら、少年は言った。 「さあ、光素さん。決着はついたぜ。試合終了の判定を頼むよ」 促されて光素は(何か変だな)と思いつつも鉄板を高く掲げた。 「試合終了です! 二人ほぼ同時に落下しましたので、雨竜院選手と聖槍院選手によるエクストラマッチは引き分けとします!」 死闘を称え、湧き上がる歓声と拍手の中、死を覚悟していた二人はしばらく呆然と抱き合っていたが、やがて我に返ってどちらともなく飛び離れた。蓄積されたダメージは大きく、少し離れるとまた二人とも地面に倒れて横たわる。 「なあ、九鈴」 雨弓が優しい声で話しかけた。 「いきなり永遠を誓うってのは、やっぱり無理な話だと思うんだ。――まずは恋人から、順序よくいかないか?」 そう言って、九鈴に向けて手を差し出した。 九鈴はしばらく逡巡してから、無言でおずおずと手を伸ばす。そして九鈴の手は、雨弓の大きく、荒々しく、暖かい手を強く握り締めた。 ††††† 秋は一夜にやってくる。 二百十日に風が吹き、 二百二十日に雨が降り、 あけの夜あけにあがったら、 その夜にこっそりやって来る。 舟で港へあがるのか、 翅でお空を翔けるのか、 地からむくむく湧き出すか、 それは誰にもわからない、 けれども今朝はもう来てる。 どこにいるのか、わからない、 けれど、どこかに、もう来てる。 ――金子みすゞ『秋は一夜に』 (野試合「雨竜院雨弓 vs 聖槍院九鈴」おわり。「落下停止」につづく) このページのトップに戻る|トップページに戻る
https://w.atwiki.jp/dangerousss3/pages/262.html
野試合SSその1 穢れた魂が堕ちる先、永劫の責め苦を亡者に課す地の獄に、雨竜院雨雫(うりゅういんしずく)はいた。細く白い肢体は醜く変色して膨れ上がり、ここが死を許されぬ地獄でなければ誰もが腐乱死体と思うだろう有り様。 忌まわしい兄の魂にここへと引きずり込まれたことも、嘗て雨弓への再会を情に流され放棄した自分も、もはや恨んではいない。いや、彼女はほぼ全ての思考をずいぶん前にやめていたのだ。意識は暗い暗い泥の底、「無」に還ったのとそう変わらぬ状態にあった。 (雨弓君……会いたいな……) 今はただその一念だけが、雨雫の意識が更に深きへと沈むのを食い止めていた。 その地獄は突然、淡い黄色の光に包まれることになる。 ††††† 雨に包まれた街の一角に、その「廃ビル」は佇んでいた。 野試合の会場であるそれは言葉のイメージにそぐわず立派なもので、広い敷地内には小さな緑地やレストランホールも備えられている。 「見た目は豪華ですけど、美術館や旅館なんかと違って元から誰のものでも無いので、思う存分暴れて壊しちゃってください!」とは試合をプロデュースした佐倉光素(こうそ)の弁。 「ただいまより雨竜院雨弓(あゆみ)対聖槍院九鈴(せいそういんくりん)の試合を開始します」 上空のヘリからのアナウンスが雨音の中に響き渡った。 (外にはいねえか……) 敷地の正面入り口から少し入ったところで雨竜院雨弓はそう呟いた。偉丈夫そのものという巨躯を黒いローブで包み、得物でもある赤い武傘(ぶさん)「九頭龍」を差している。その位置から屋内を除く試合場全域を見(丶)渡(丶)し(丶)た(丶)彼は、眼前の高層ビルへと歩を進めた。 屋根の下に入るが、傘を閉じることは無い。無論、この中に敵が待つことが明白だからだ。この日のために整備された自動ドアが音も無く開き、雨弓を中へ迎え入れた次の瞬間、彼の眼前には歓迎の第二陣が待ち構えていた。 雨弓の立つ位置を放射状に囲うよう、エントランスホールの至る所に設置された数十のボウガン。それぞれを固定していたトングの全てが一斉に掴んでいた弦を離し、そして矢が放たれる。 「ハッ……」 同時に迫る数十条の矢を前に何でも無いという顔をする雨弓。彼の視線は前方の矢の群れへと向けられているが、実際の注意の対象は頭上にあった。 コウモリの如くに天井からぶら下がり、彼を見下ろすのは両手にトングの赤い袴姿の女――聖槍院九鈴。トングで掴んだ物を何があっても固定する能力『タフグリップ』を持つ魔人である。矢を固定していたトングの『タフグリップ』を全て同時に解除し、発射に合わせて頭上からの不意打ちを仕掛けんとした彼女だが、自身の存在がバレていることにもこの時点で気づいていた。 (殺気が漏れてた? それとも……) 雨弓は九鈴の思考を遮るがごとく、彼女を見上げて跳び、九頭龍を回転させながら突く。対空の雨月(あめつき)――逆雨(さかさめ)。 雨弓を貫くはずだった矢の群れは閉じかけたドアガラスを粉砕し、その向こうへと消えていった。 「ふんっ!!」 九鈴もトングで掴んでいた天井を離し、落下しながらトングを繰り出す。カウンター攻撃では無い。2人の得物が交差する瞬間、九鈴は高速回転する九頭龍をトングで横から叩く。その反動で落下の方向が逸れ、九頭龍の牙は九鈴の前髪を数本切り落とすだけで空を切った。 あの体勢で正面からぶつかっては不利との、九鈴の状況判断による回避である。 硬質の床に両者はほぼ同時に着地する。お互いに睨み合うが、雨弓は獣が牙を剥いたように嗤い、対して九鈴は僅かに眉間に皺を寄せ、殺気を迸らせていた。 (流石雨弓さん……雨雫の技より疾くて鋭い……けど) (私、ちゃんと戦えてる……あの頃とは違う。ちゃんと、戦うべきだから戦ってる……) 狂気に呑まれて暴を撒き散らすのでは無い。理性ある戦士として、高潔な清掃員として、今の九鈴はあることが出来た。 (童貞こじらせたこの人を筆下ろししてあげるために……私は勝つ!) 戦う理由は、どこかおかしかったが。 (SEXはともかく、楽しませてもらうぜ……九鈴) 2人の闘志に呼応するかの如く外の雨脚は激しさを増し、破壊された入り口からは勢いよく風雨が入り込んできていた。 ††††† 「お互い傘とトングという日用品を武器とし、何やら因縁があるらしい2人。 ファーストコンタクトはどちらもノーダメージでしたが、緊張感ある幕開けでしたねー。どう見ますきららちゃん?」 「2人共カラテは相当なものだね! あたしも戦いたいくらい! でも、今の感じだと接近戦ならあのお兄さんが有利かな?」 スタジオにて、中継されてきた映像を見ながら司会の佐倉光素と解説の埴井きららがそのように述べる。 「あの娘(こ)は、リンダと戦ったときみたいに剣を掴んで投げればいいんじゃないオカマッ」 「馬鹿ね、私とあの傘使いじゃ同じ突き技でもまるで別物よ」 ゲスト解説員の席に座る「3つ子の女騎士・ゾルデリア」の2人が意見を述べる。異世界からやってきたという設定で大ブレイク中の彼女らは光素やきらら、今戦っている2人とも縁があり、こうして番組に呼ばれているのだ。 「あら~みんなカラテがどうとか言ってるけど、大事なことを見落としていない? あの子、童貞なんでしょ? もったいないわねえ、顔はいいのにオカマッ!」 そう言うのはゾルデリア三姉妹の長女(という設定)・カイエン。女騎士のはずだが、その身体からはなぜだか老人臭が漂っていた。 「なるほど、あの女は『ZTM』を容易く破る性技の持ち主。童貞じゃ相手にならないわ」 「そうね。処女の姫将軍や探偵がオークやチャラ男に勝てないように、童貞はビッチに勝てないオカマッ!」 そう言ってうんうんと頷く女騎士3人組。きららは「大人って汚い」と心中で呟き、想い人・真野八方の姿を思い浮かべていた。 ††††† ビルの入り口付近では先程の空中戦以降衝突も無く、両者一定の間合いを保ったまま睨み合いが続いていた。 「ヘクシュッ! 誰か噂でもしてんのかね……まあいいや、行くぜ」 全国に童貞だと発信されているなど露知らない雨弓がそう言うと、その身体は周囲の大気に溶けるように消えてゆく。九鈴は落ちている矢を掴んで投擲するも、何事も無く彼の像をすり抜けて向こう側の壁に突き刺さった。 (『睫毛の虹』……) 大気中の水分を利用して光の屈折を操り、幻影を見せる雨弓の魔人能力である。ドアが吹き飛んだ入り口からは雨風が吹き込み、周囲の大気は能力の使用に十分な水分を含んでいる。 九鈴はこの能力を知っていた。試合を見たからでは無い。物心つく前からの付き合いがある2人だ。子供の頃から雨雫と共に幾度と無くその能力を見てきており、弱点についても勿論同様に。 睫毛の虹が生み出せる幻覚は光学的な範疇に留まる。視覚以外を欺くことは出来ないのだ。 (感覚を、研ぎ澄ませ……) 九鈴は雨弓の気配を捉えようと神経を集中させた。 先程の九鈴がそうだが、不意打ちは露見していれば即自分がカウンターという逆不意打ちを喰う危険を孕んでいる。雨弓の方も、視覚以外で察知される可能性は警戒しているだろう。 (音……床の振動……) 耳に神経を集中させるのみならず、袴の裾に仕込んだトングの先を床に垂らし、振動を感知しようとする。地中のゴミを探す際用いる手法だが、傘術には「蛟」なる無音移動術があり、滑走にも似た足運びによるそれはリノリウムの床とは相性が良すぎた。 (どこにいる……) 雨弓の気配を探る九鈴の姿――それはおよそ一切の流派に見たことも聞いたこともない奇怪な構えであった。トングを持った両腕を交差し、それぞれの閉じられた先端を腰にぶら下げたトングが噛み、『タフグリップ』で固定している。その状態で、九鈴は自身の剛力を以ってトングの合金が破断する寸前まで力を溜めていた。 (……!) 九鈴の鼻孔をくすぐる微かな臭い。雨に降られて家に帰った時に感じる、濡れた衣服の生臭さ。雨竜院家(かれら)の前では言わないが、九鈴はそれが嫌いだった。 九鈴の右斜め後ろに、雨弓はいる。 「疾ッ!」 後ろへ跳び、振り返りながらの『タフグリップ』解除――抜遁(ばっとん)。それは雨弓が九鈴へ向けて九頭龍を突き出した直後のことだった。白い首筋に赤い線を引きながら、またしても九頭龍の牙は空振りに終わる。 最大限の溜めから生まれる超速の斬撃に対し間合いに入られた雨弓は身を引くも、トングの先端は右脇腹から左胸にかけてを斬り裂く。ローブが血に染まるが、雨弓の分厚い筋肉の前では薄皮を斬ったのと大差ない。 (痛えなあ! ……ん!?) 九鈴の斬撃の狙いはそれ自体によるダメージに留まらず、躱されてもすぐさま次の攻撃に繋げることにあった。閉じていたトングの先端は一瞬で口を開け、ローブの襟を咥える。蟹の鋏脚(きょうきゃく)が如き両手のトングの実態は、無限の咬合力を持った悪魔の顎門(あぎと)に他ならない。 (ハハ、やっべえ……!) 「らああああああああああああああああああああああああああっ!!」 正面から見上げる九鈴――九鈴の背中――頭部――天井――向こうの壁――、雨弓の視界に映る景色は凄まじい速さで流れてゆき、そして最後には床が迫ってくる。 ビル全体を揺らす衝撃と轟音を発し、巨大な槌を打ち付ける「魔人」聖槍院九鈴。 ホールのガラスの大半が砕け散り、広範囲に広がる亀裂の中心には隕石でも落ちたかのようなクレーター。その中に、2人の姿はあった。 「ぐっ……!」 投げた側の九鈴だが、道着の右肩から大きく裂けており、鎖骨のあたりから流血していた。 「今のは効いたなあ!!」 雨弓が言う。受け身を取り、倒立姿勢の彼を九鈴は再び投げようとするが、その前に雨弓がカポエイラめいた体勢で蹴りを放つ。 九鈴はガードするも勢いは殺せず、掴んでいた襟が引きちぎれてビルの外まで吹き飛んでいった。 ††††† 「どうして投げた聖槍院選手が負傷を?」 「ふふーん、ちょっと投げる瞬間、九鈴さんの肩のあたりをクローズアップで再生してみて!」 スタジオで困惑する光素に対し、きららの指示通りに再生が始まる。 襟をトングで掴まれた雨弓は九鈴が投げに入る瞬間、腕を伸ばしきった状態から九頭龍の柄のカギ状の部分を九鈴の鎖骨に掛けていたのだ。九鈴はそのまま投げた結果自分の技の勢いで鎖骨を骨折し、雨弓の肉体への破壊力も軽減されていた。 「なるほど、突こうとしては間に合わないと判断して……それもあの一瞬で」 「恐ろしく速い手際……きららじゃなきゃ見逃しちゃうね」 「カメラに映ってるんだから誰が見ても同じ……アイタッ! 何すんのリンダ!」 ††††† 「すっごいねー、この人達」 白詰智広はテレビ画面に映し出される戦闘の模様を見ながら、すぐ近くの男に同意を求めた。 「ああ、本当だね」 智広の視線の先にいる男――赤羽ハルはなんとなしに、それでも無関心というわけでは無い様子で同じく画面を見つめている。戦う2人は共に、ハルと同じく改変前の世界でのトーナメント――キング・オブ・トワイライトの参加者だ。特に聖槍院九鈴は一回戦の対戦相手の1人で、今まさに披露しているトング道には苦戦させられた。三つ巴であったこと、高島平四葉の戦力があまりに規格外であったことに救われ結果的に自分が勝利したが、高島平四葉が現れなければ勝てていたかはわからない。 以前の世界では弟に手をかけた自分を憎み狂気に走っていた九鈴も、今の世界では家族と幸せに暮らしている、らしい。対して雨弓は恋人を生き返らせることが願いであり、そして改変後の世界においても、その恋人とやらは生き返ってはいないという。 「どうしたのハル君?」 「ああいや、何でもないよ」 突然じっと顔を見つめられた智広がやや恥ずかしげに問うのでハルは慌てて誤魔化した。 「そろそろシチューの具合を見ないとね」 台所でコトコトと音を立てる鍋の蓋を取り、アクを掬いながらハルは考える。もしも智広さんが死んだら、と……。彼女が死に瀕していた事実、彼がそれを阻止するため戦った過去からすればろくでもない想像ではあるが、しかし今は健康体な智広も突然に、今度こそ喪ってしまうことだってあり得る。勿論ハルに置き換えても言えるが。 ――もう「負債」は解消されているけどそれとは別に、智広さんが死んだ世界で俺は生きていけるかな? 後を追って命を断つかな、でもきっと同じところへ行けないだろうな――。 あまりにも暗い方向へ向かいそうで、ハルは一旦考えるのをやめる。智広は後どれくらいで出来そう? と嬉しそうな顔で訊いた。 それでも、以前の世界でそうだったようにハルは思う。もしも自分がこの先死ぬことになるなら、智広には――。 ††††† 2人の戦闘はその舞台を屋外に――ビルの壁面に映していた。両者とも壁で、それもはりつくのでは無く地面に水平に立って戦っているのだ。 九鈴は足で巧みにトングを操り、壁の凹凸を掴んで立っている。雨弓は足の指で同じことをして。指の力もそうだが、全身の恐るべき筋力と体幹の強さがあって成せる業であった。 しかし戦いは、九鈴が優勢だった。壁面を大地の如く縦横無尽に駆けまわり、雨弓にも有効打を幾度か入れている。『タフグリップ』による固定に加え、「掴み」を骨子とする武術の達人である九鈴に対して雨弓のそれは素人芸と言わざるを得ない。「蛟」も使えず、不利な戦いを強いられることになっていた。 「それでも、なかなか綺麗に投げさせてはもらえませんね……」 「ははは、投げにくいのを投げる、突きにくいのを突くから面白いんじゃあねえの? お前に対抗しちまって壁面(ここ)に来たのは失敗だった気もするけどよ」 苦しい状況にも関わらず、雨弓の言葉は余裕だ。戦いに関して言えば、雨弓は苦境を楽しむ男である。 (それに、お前も来たのは成功なのか……?) 「路上の柔道はマジヤバイ」の言葉が示す通り、投技は叩きつける強固な大地があって活きるモノである。ガラス窓が規則的に嵌め込まれたこの壁面でその戦法は大きく制限される。無論地上に投げ落とすことは可能だが、パラシュートに使える武傘と雨弓の頑強さを考えればダメージを与えられるかも怪しい。 スタジオで見ているきららも、九鈴の選択に疑問を覚えていた。確かに現状移動力の差で有利に戦えているが、しかし決め技を放棄してまで手にしたい地の利なのか、と。 (不審に思われてる……かな? それにしても、不利なのに楽しそうだな雨弓さん。やっぱり好きなんだなあ、戦うのが) 稽古や試合ならともかく、九鈴は実戦を楽しいと感じたことは無い。前の世界では、ただただゴミを掃除する――その一念で動いていたが、こうして平和な世界で雨弓のために戦う今は――。 (勝ったら、雨弓さんとエッチ……雨弓さんの(多分)おっきなおちんちん……) その先に手に入るものに思いを馳せることで、戦いに歓びを見出そうとしていた。 (でも、その前にちょっとサービスしてあげよう) 九鈴はそれまでよりも腰を下ろし、足をさっと開く。雨弓は、気配を完璧に殺していたはずの自分の奇襲に完全に気づいていた。何故か。雨弓の「睫毛の虹」の真髄は光の屈折を操ることにあり、雨弓はそれによって通常なら目に届かない角度の対象をも見ることが出来る。幼少の頃、雨弓が自慢気にそうした応用を見せていた。無論それは戦闘においても非常に有用であり、例えば自分が背に何かを隠していても、事前に知ることが出来るのだが、今、雨弓には見えているはずだ。 ――先程割れたガラスに引っ掛けてしまった袴の穴から、自分の生尻(九鈴は着物の時はノーパン)が覗いているのが。 「九……っ」 雨弓の顔がサッと赤くなる。尻が見えただけならともかく、先日あんなことになった相手であること、また、覗きめいた形で見えてしまった罪悪感も手伝っていた。 (やっぱり童貞ですね雨弓さん……可愛い反応。 でも、隙あり!!) 壁面を離し、九鈴は跳んだ。自ら宙に身を投げ出したことに雨弓は些か驚くが、更に次の瞬間、彼は目に見えぬ何かに強大な力で身体の自由を奪われるのを感じた。それを生み出しているのは勿論、今宙にいる九鈴が振るうトング。 「風神(エンリル)がハタキを振るうと風は塵芥を率いて彼に従った」 (こいつぁ……空気を) 周囲の大気に巻き込まれ、立っていた壁面ごと引き剥がされて宙に浮く雨弓の身体。ここで初めて雨弓は九鈴がここへ登ってきた理由に気づいた。膨大な大気と自分が巻き込まれないだけの広い空間、この技にはそれが必要なのだ。 九鈴は雨弓の身体を持ち上げつつ、足のトングでも同じことを行っていた。大量の空気がトングに掴まれ動かされたことで生じた真空地帯に周囲の大気が急激に流れこみ、ごく狭い範囲で竜巻めいた暴風が吹き荒れる。その回転のエネルギーを、九鈴は合気の理法により、投げの力へと変換していた。 真の「遁具」(トング)使いが操るは五遁のみにあらず――風遁“真空気投げ”!! 竜巻はビルの壁を抉り、緑地の木々を根こそぎ吹き飛ばしていく。雨弓の巨体もこの技に巻き込まれては風に舞う木の葉のごとく頼りなげで、為す術無くかき回され、強大な遠心力が彼の意識を奪い、肉体を破壊する。 今この場において無事なのは技を放った九鈴のみ。彼女自身もビル内で撃てばただでは済まぬであろう、聖槍院流屈指の大技である。 吹き荒れた風もやみかけ、九鈴は大地へと降り立っていた。暴風でデタラメな方向から打ち付けていた雨も今はしとしとと降り注ぐだけ。 「勝った……」 大きく深く息を吐く。大技を放った代償は流石に大きかった。しかし見上げた先には、上空数十mで持ち上げられ、今落下せんとする雨弓の身体。彼の頑強さならば恐らくはまだ生きているだろう、が、あの状況からではどうしようも無い。 「場外に落として、終わり」 再びトングを振り上げた。今のような大技は必要ない。ただ大気を掴んで、そっと投げるだけの……。 (……っ!?) 上空にあったはずの雨弓の身体が、投げられるだけの身体が、消えた。 「『睫毛の虹』……? 本体は……」 周囲を見回すも、雨弓の姿は無い。「空気投げ」から脱出した? どこで? どこに潜んでいるのか、エントランスホールの時と同じ構えを取り、雨弓の気配を探ろうとする九鈴に届いたのはガラガラと何かが崩れる音だった。視線を向けた先には、竜巻がビルを抉って出来た瓦礫の山。 「……」 現れたのは予想通り、血だらけの雨弓。ふらりと力無い立ち姿には幽鬼めいた威圧感があるが、しかしダメージの甚大さは言うまでもない。構えを解き、止めを刺さんと間合いを詰めようした刹那――九鈴の胸に、刃が深々と突き刺さっていた。 ††††† 九鈴の「真空気投げ」を受けた雨弓は九頭龍を全力で回転させた。それによって発生した猛烈な旋風で雨弓の身体を捉えていた風の流れはかき乱され、脱出に成功する。が、脱出と言ってもそれは弾き飛ばされたと表すべきで、ビルに激突し、共に竜巻に全身を削られ、数トンの瓦礫の下敷きという結果になる。 それは、雨弓が一度失った意識を再び取り戻す数十秒の間の、束の間の夢だったのかも知れない。 「雨弓君……」 「雨雫……」 その世界には、雨弓と雨雫の2人だけだった。無機質なビルの立ち並ぶ街で、そして全体が毒々しいまでの黄色で統一されている。 地面に座り込んだ雨弓を立って見下ろしたまま、雨雫は言葉を発する。 「雨弓君……私が死んでから8年、どうだった?」 切れ長の涼しげな瞳に見つめられ、雨弓はあまりに懐かしい感覚に暫し言葉を失うが、やがて口を開く。 「悪くなかったよ。 お前が死んだ時はそりゃ死にたいほど辛かったし、寂しいこともたくさんあったけどな。 畢や金雨はカワイイし、友達もいたし、それに……」 九鈴との戦いに触れようとして、雨弓は言葉を止める。雨雫の顔を見上げると、優しげに微笑む顔があった。 「よかったよ、雨弓君。私が死んでからも、不幸じゃなかったんだね。よかった……」 目尻に涙を溜めて、雨雫は言う。 「雨雫……俺は……」 「ありがとう雨弓君。それだけで十分だよ。私がいない世界でもキミは生きられる、それだけで。 楽しんでくれ、これからの人生も、九鈴と戦うのも……」 「しっ……」 何かを言おうとした雨弓は、金色の光に包まれ、消えていった。黄色い世界には雨雫1人が残されたが、そこに新たな声が響き渡る。 「済んだかい? 恋人との再会は」 「はい。ありがとうございました」 「いやいや、いいんだ。最近ますます黄色くなってしまったこの世界だが、誰かの役に立つなら」 雨雫の背後に現れた黄色いローブの男がそう言う。雨雫は前を向いたまま答えた。 「生きていた頃、彼の全てが欲しいと思っていました。 でもそれじゃいけなかった、そうならなくてよかった、と今は思います」 最後にまた一筋、涙が頬を伝って雨雫はつぶやく。 「雨弓君、ちゃんと虹は見えているみたいだね」 ††††† 「ハッ……ハッ……」 胸に突き刺さった刃は、気づくと消えていた。肉を刃が突き破る感覚も、激痛も確かに覚えているのにだ。 「今のは、『睫毛の虹』なんです?」 「まあ、そのつもりなんだけどな」 正確には、雨竜一傘流の「朧月」と呼ばれる技だった。気当たりや視線によるフェイント技で、雨弓はそこに幻影も織り交ぜて用いていたのだが、しかし受けた側が本当に攻撃されたと錯覚し、痛みも感じるなどそれまでにはありえないことだった。雨弓の魔人能力が彼の迸る殺意を具象化し、殺傷力さえ付与する域に至っていた。 九鈴の背筋を冷や汗が伝う。そして次の瞬間、が赤い杭に貫かれていた。 (また……幻……!?) 夢か現かを確かめるより先に雨弓へと目を向ける。そこに確かに雨弓は立っていたが、次の瞬間消失していた。 「なっ……う!!」 九鈴は反射的に横に跳ぶ。少しでも遅ければ終わっていただろう。左腕に大きな風穴が空き、そこから下が宙を舞う。今度は現実、そして雨弓が消えて見えたのも恐らくは。 「いいな……やっぱりお前はいいわ。 お前と戦ってて、さっきの夢のせいかもだけど、心底思えたよ。戦いはやっぱいい。 雨雫が死んでも、いいんだなって。色々楽しんで」 九鈴には要領を得ない話を雨弓は語る。 雨雫が死んで以来、彼女を殺して以来、強敵を相手にしていてもどこか靄がかかったような感覚を常に抱えていた。それが今は無い。 「何だかよくわかりませんが、良かったです。私は戦いが楽しいってまだわからないですけど……。SEXは楽しめます?」 「ああ、いいぜ! しよっか」 「!?」 「ハハハ、まあこれ終わったらな。こっちの方が今は楽しいし」 数日前の夜とうってかわって軽い調子で雨弓が答えるので、九鈴は自分の方が動揺してしまう。この童貞野郎、と心中で毒づいた。 「そろそろ着けようぜ、決着」 「はい……」 とうに夜の帳は降りて、闇が世界に満ちる。その中、間合いを取って対峙する両者の得物が淡い赤光を放っていた。 武傘「九頭龍」とトング「カラス」、共に血に染まってきたことを帯びた燐光が示している。 「あれ、幻術なんですかね?」 「さあ……」 光素やきらら、ゾルデリアに観客たち、カメラを通じて見ているはずの者達にも見えていた。 2人の戦士の背後で今まさに雌雄を決さんとする、赤い龍とザリガニの姿が。 最後の勝負は無言のうちに口火を切られる。 走りだしたのは雨弓からだった。もはや能力で消えることは無い。瓦礫の小片が数多く散らばった地面では「蛟」を用いても無音の移動は不可能。疾く疾く、ただシンプルに、九鈴へと迫っていた。 全くの同時に放たれる九条の剣閃。無論幻術なのは九鈴も承知だが、以前と違うあまりのリアリティに反応しかける。 (自分を信じろ……九鈴) 彼女を動かしたのは知性なのか経験なのか、それとも超感覚的な何かなのかはわからない。九鈴は蹴りを放つかのようなフォームで、雨弓に落とされた左腕が握るトングを拾い上げる。 『タフグリップ』、掴んだ空気を圧縮して、固定。トングの先端が狙うは雨弓の胸。トングを突き立てた瞬間、能力を解除し圧縮した空気を体内で爆発させる。雨弓の真実の刺突は体勢を大きく後ろに倒した九鈴の頭上を掠めていった。 (届け……!!) 九鈴が放った致命の一撃はしかし、届くことは無い。九鈴の頭のすぐ後ろで爆音。武傘が一度だけ放つことが出来る、突剣を速射砲の如き威力で噴出させる奥の手である。「蛟」の状態でそれを放った波動は雨弓の身体を後退させる。 渾身の一撃を外されたこと、そして頭のすぐ後ろからの爆裂音が九鈴に致命的な隙を生む。 ――雨竜一傘流「雨宿り」。傘を模した雨弓の貫手が、九鈴の胸を貫いた。 ††††† 「そうですか、雨雫の夢を……」 「ああ」 決着後運ばれた病院の食堂で、雨弓と九鈴が話している。病院食をマズイマズイと言いながら凄まじい勢いで平らげていく雨弓に九鈴は呆れるが、やはり笑って、楽しくなってしまう。 「ところで、その……『アレ』のことですけど……やっぱり少し待ってもらえませんか?」 「ん……そうだな、実は俺もそんな気がしててさ」 雨弓の筆おろし(では無いのだが)について、いまさら恥ずかしそうにする九鈴の言葉に雨弓も同意する。戦闘中ハイになっていたのが冷めたからだろう、と2人は思っていたが、本当の原因に気づくことはない。 「雨雫さんもなかなか未練がましくありません? 寝ている2人の意識に『まだ早い』『まだ早い』って」 2人の様子を少し離れた場所から見ていた光素は視線を横にずらし、そこにいる彼女にしか見えない存在に語りかける。 『そ、それは……ただ純粋にまだ恋人でない2人がすべきじゃないと思っているだけで……いずれそうなること自体はめでたいさ』 雨雫は顔を赤らめてそう言う。言葉通り、談笑する2人を見つめる視線は優しげだ。 「今度休日にでも、みんなで水族館行こうぜ。なんかスゲーデカいグソクムシがいるんだってよ」 「いいですね! 後、海洋博に戦艦も見に行きましょう」 「せ、戦艦?」 『チャラ男の王の恩恵はキミにもあったぞ、と言えないのは少し申し訳ないけれど』 世界がこの先どうなるのか、2人の関係がどうなるのか、それは誰にもわからないが、2人の人生のが続く限りは彼らの傍らについていよう。雨雫はそう思って、窓の外へ視線を向ける。雨上がりの空には、弓なりの虹がかかっていた。 ふいても、ふいても湧いてくる、涙のなかでおもふこと。 ──あたしはきつと、もらい兒よ── まつげのはしのうつくしい、虹を見い見いおもふこと。 ──けふのお八つは、なにか知ら── (睫毛の虹:金子みすゞ) Fin. このページのトップに戻る|トップページに戻る
https://w.atwiki.jp/dangerousss3/pages/249.html
エキシビジョンSSその1 真っ白なシーツのパイプベッド。クリーム色の天井。 腕に繋がれた点滴とバイタルサイン監視装置。 心拍に同期した電子音が規則的に鳴っている。 雪山で敗れた後に見たものと、まったく同じ光景。 『音玉』以降の記憶がない聖槍院九鈴(せいそういん くりん)は、集中治療室で自身の勝利を知った。 「うっふふー。ゆっくり休んで良くなってくださいね」 九鈴の治療を担当した、天狂院癒死(てんきょういん いやし)が優しく声を掛けた。 ……彼女もまた、チューブに繋がれてベッドに横たわっている。 むしろ九鈴よりも重篤な雰囲気だ。 大会医療スタッフである、癒死の治療能力《開腹術》は凄惨な技だ。 彼女の体内には治癒の力が宿っているが、その力を発揮する方法がとてもグロい。 自身の腹部を切り開き、取り出した臓物を負傷者に押し当てて治療するのだ。 開腹した激痛で癒死本人も絶叫しまくるし、それはもう地獄のような光景である。 だが、死者すら回復させるその治癒力はすごいし、とても優しい慈愛の人なのだ。 でもやっぱり治療方法が恐いので、あまり周囲に好かれてはいない。かわいそう。 決勝戦を目前にして大会の枠組みが崩壊した際に、ワン・ターレンは姿を消した。 転校生である彼は、活動に制約があったのだろうと思われる。 彼のいない今、瀕死の九鈴と遠藤終赤(えんどう しゅうか)を回復させられるのは癒死だけであった。 結果として、彼女自身も重傷となり三人仲良く集中治療室で枕を並べることになった。 終赤の意識はまだ失われたままだが、いずれ回復することだろう。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「やあ九鈴さん。ひっさしぶりー! 具合はどうかな?」 馴れ馴れしい態度で病室を訪れたのは、赤羽(あかばね)ハルだった。 お互い試合の映像は見ていたが、直接顔を合わせるのは雪山以来だ。 「まあまあですね。優勝、おめでとうございます」 意外な見舞客に驚きながらも、九鈴は穏やかな笑顔でハルの優勝を称えた。 推理光線で一度は斬り離された右手を、握って、開く。 本来の調子が戻るまでには、まだしばらく時間が必要だろう。 「ハハハッ、なんか憑き物が取れたって感じだな。あんたも裏の優勝、おめでとな」 そう言うハルも、何か重荷から解放されたかのような様子だった。 何から解放されたのか、それはハル本人も理解してはいない。 既にハルの意識から、白詰智広(しろつめ ちひろ)という女性の存在は消えているのだ 「で、九鈴さん。逮捕されるってのは本当か? 掃除は……もういいのかよ?」 「ほんとうですよ。世界の掃除は、七葉グループがやってくれます」 裏トーナメント優勝の副賞として、九鈴が望んだ物は、関東を覆う瓦礫の撤去だ。 自分自身ができる掃除より、グループの為す掃除の方がより大きいと九鈴は判断した。 だから、遠藤終赤との戦いに備えて敢えて自首したのだった。 「ぜんぶ自分で掃除しようとするのをやめたのは良いことだな……」 ハルは少し躊躇いがちに、来訪した理由について切り出した。 「だが、七葉の奴らは賞金と副賞を踏み倒す気だぜ?」 「じょうだんでしょう? そんな不実な真似が許されるわけがありません」 「ところが冗談じゃないんだな。なぁ……天狂院癒死さん?」 「え、私? なんで私? 知りませんよそんなこと」 急に話を振られて、隣のベッドで半分寝ながら聞き耳を立てていた癒死が慌てる。 オロオロする様子が可愛らしい。治癒術がグロいのが本当に残念だ。 「七葉は既に大会から手を引きかけている。ここでの治療は癒死さんの自腹なんだろ?」 この場合の『自腹』とは、能力《開腹術》のことではなく、普通の意味の自腹である。 「はい……そうです……。一度引き受けた仕事だし、怪我人をほっとけないし……」 癒死は決まり悪そうに壁の方を向いて、小声で答えた。 「そんなわけで困ってるんだ。賞金もらえないと俺、死んじまうんだぜ」 「わたしもこまる……。そうじしてくれなきゃ……。そうじを。そうじをそうじを……」 九鈴の目つきがおかしくなり、ブツブツ独り言を始めた。 なんか聖書めいた謎のチャントも混じり出す。危険な状態だ! 「だからさ、よかったら来週、一緒に神社へ行かないか?」 デートに誘うような口調で、ハルは九鈴に提案した。死のデート・・・・ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 参加選手契約書 第八十二条 乙(せんしゅ)が本契約または甲(しゅさいしゃ)の運営に疑義のある場合、 甲の開催する大会運営会議の場にて乙は疑義申し立てをすることができる。 よくよく調べてみると、これがふざけた条項だった。 大会運営会議には、七葉グループの七財閥頭首が一堂に会する。 その会議は、グループと縁の深い夏菅大社(かすがたいしゃ)の祭殿で開かれる。 夏菅大社は雷公・菅原道真を祭神とし、近畿辺境の小さな山、三傘山(みかさやま)の山頂にある。 また、三傘山を囲むように、七つの下宮が配置されている。 夏菅大社は厳重な結界に守られていて、関係者以外は立ち入ることができない。 結界を解除するためには、下宮の本尊である七つの宝珠が必要になる。 会議開催中その宝珠は、七葉の各財閥が擁する最強の魔人が守護しているのだ。 会議の場に参加するためには、七つの宮を巡って七人の魔人を倒す必要がある。 つまり、疑義申し立ては事実上不可能。 ――ハルと九鈴は、それをやろうとしている。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 一ノ宮に辿り着いたハルと九鈴を、奇怪な男が出迎えた。 背中に大きな穴のあいた経帷子(きょうかたびら)を纏い、身長2mを越える痩身の巨人。 顔面と両手両足には、有害毒電磁波から身を護るためのアルミホイルを巻き付けている。 「我が名は……“破壊光線”の灯台寺鹿苑(とうだいじ ろくおん)……」 ワシャワシャとホイル同士が擦れ合う音と共に、第一の守護者が自己紹介した。 「滅びの定めに抗う愚か者よ……裁きの光を受けるがよい……」 能力名《レーザーストーム・クライシス》! ハルと九鈴の全身に照準マーカーが多数出現! 灯台寺の背中から光が放たれる! 放たれた光は美しい曲線を描きマーカーに向かってゆく! ハルは横に飛んで避ける! 九鈴は壁を蹴って上空に避ける! だがレーザー光線はマーカーを自動追尾し――全弾命中! ハルと九鈴は体勢を崩して胴体着陸! 「ハッ! イカレたカルト野郎が!」 日本銀行拳! ハルの指が弾いた硬貨たちが灯台寺を狙って飛ぶ! 「そうじをします……」 九鈴はダウン姿勢からの地を這うようなダッシュで間合いを詰める! 再び大量の照準マーカーが出現! 硬貨の弾丸とハルの身体と、トングを持つ手と九鈴の身体にレーザーが命中! 吹き飛ばされる硬貨! 手の痛みでトングを危うく取り落としかける! ハルと九鈴にに大ダメージ! 灯台寺は依然として無傷! 「一対二だろうと関係ない……我は神の光と共にあるのだ……」 「なぁ九鈴さん。今月、金欠でさぁ……良さげなトングを一本貰えないかな?」 「しかたないなぁ。金欠はいつものことなのでしょう?」 ハルの意図を察した九鈴は、懐から小振りなトングを取り出してハルに向けてトスする。 だが、空中のトングを照準マーカーが捉えレーザーが飛ぶ! 「遅ぇんだよ!」 レーザー着弾より一瞬早く、ハルの掌がトングを弾きながら《ミダス最後配当》で換金! 聖槍院家準家宝、小トング『オサキ』60万円! 60万枚の一円玉弾丸が灯台寺を襲う! 激しいレーザー連射で応戦するが到底防ぎ切れる数ではない! 大量の一円玉を全身に食らって吹き飛ぶ灯台寺を、急接近した九鈴のトングが捉える! 投げ飛ばし床に叩きつけ、うつ伏せに《タフグリップ》でトング固定! 「流石の神サマも、1対60万じゃ勝てなかったみたいだな?」 ハルが灯台寺の後頭部を踏みつけ、その顔面を床に押し付けながら嘲る。 対象を視認しなければ《レーザーストーム・クライシス》は発動できないのだ。 「どちらがおすき? 大人しく宝珠を渡して気絶させられたい?」 九鈴がトングを鳴らしながら質問する。 「それとも、殺されてから宝珠を奪われたい?」 一ノ宮 “破壊光線”の灯台寺鹿苑:トング裸絞めにより意識不明 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 二ノ宮の守護者、“剣闘士(グラディエーター)”の守羅紗(すらさ)リオ。 朱色の巨大剣を持ち、黒いゴチック様式のドレスに身を包んだ女性である。 ドレスの各所にあしらわれた赤いアクセントが禍々しい。 だが、それ以上に禍々しいのが左手に持った古く赤い本――殺戮文書『ラティス卿』。 「一人で来るとはよー、アタシを舐めてんの?」 リオは整った顔を歪ませ、ガラ悪く凄んだ。 「いやいや、『古本屋』を甘く見たことなんか一度もないし、二度と戦いたくもない」 ハルは正直な心の内を吐露した。本当に、古本屋とはもう関わりたくない。 「生憎時間がなくてね。九鈴さんと仲良く宮巡りしてる暇はなかったんだ」 懐から紙幣を取り出し、両手に構える。日本銀行拳によって紙幣に鋼の如き鋭さが宿る。 「どーでもいーけどな。殺すし」 リオは赤い魔導書のページを繰り、スペルを編集する。 ラティス卿の編集コンセプトは『携帯する珪素生命体』。 フィーン。フィーン。フィーン。フィーン。 奇妙な甲高い音が響き、赤く輝く怪物が四体出現した。 そいつらの手には、リオと同じ朱色の巨大剣が握られていた。 赤い光の怪物が一斉に襲いかかる! 振り下ろされる四本の巨大剣! ハルは身をかわしながら巨大剣の側面に手を当て換金を試みるが換金不能! 怪物どもの巨大剣は通常物質にあらず! 紙幣による斬撃で怪物の一体を狙う! 手応えなく斬撃がすり抜ける! 怪物どもは実体にあらず! 「ハハハハッ、無敵の召喚キャラとはまいったな!」 怪物どもの足元の床を《ミダス最後配当》で換金! 崩れた床に怪物どもが落ち……落ちない! 存在しない床に足をふんばる怪物たちによって、巨大剣が振り回される! 紙幣の刃で抗戦するが、巨大剣四本と紙幣二枚では手数と斬撃の重さが違う! 避け損ねた巨大剣が、ハルを打ちのめす! 骨の砕ける感覚! これは刃物よりも鈍器に近い! 「クッ……だから古本屋どもとは関わりたくないんだよ!」 よろめきながらリオ本体へ硬貨の指弾を飛ばす! 実体のない赤い怪物を突きぬけて三枚の硬貨が飛ぶ! リオは巨大剣の幅広い刃で、つまらなそうに硬貨を受け止めた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 襲い来る無数の刃を、トングで弾く! 弾く! 弾く弾く! 二ノ宮を守護する“放置プレイ”の張(チャン)・カルロスは結跏趺坐したまま動かない。 自動追尾の刃が、カルロスの周囲に次々と生成されて九鈴を襲う! 刃の雨を踊るように掻い潜り接近! 二本のトングを同時に突き出す! 宙に浮かんだ刃が密集して刃の壁を形成! トングの突きを跳ね返す! 刃の壁は迅速に解散してすぐさま自動追尾攻撃! 九鈴は後方宙返りで離れながら袖口から取り出した小型トングを投擲! 再び刃の壁が生成されて投擲トングをガード! 九鈴の着地点目掛けて刃が殺到する! トングで刃を弾く弾く弾く! 「そろそろ諦めて、大人しく四肢切断(カランバ)させて欲しいねぇ」 カルロスは褐色の肌の青年だ。 彫りの深い顔の黒い瞳に、下劣な喜びへの期待がありありと浮かんでいる。 彼は女性を解体するのが大好きなのだ。 カルロスは降り注ぐ刃を弾き続ける九鈴の舞をうっとりと眺めていた。 美しい。なんて優雅なダンスだろう。 そして数分後には、その姿はバラバラの肉塊に変わるのだ。 世界はなんと無慈悲で残酷なのだろうか。 カルロスは結跏趺坐したまま動かない。 悲鳴を上げながら引き裂かれる九鈴の姿を、ただ想像している。 戦闘は、彼の生み出す刃たちが自動的に終わらせてくれる。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 地に倒れるハルに、四本の巨大剣が振り下ろされる。 ついに命運尽きたかと思われたその時! ハルと赤い怪物たちの間に、突然、影の壁が出現し巨大剣を防いだ。 「赤羽の旦那ァ、ずいぶん苦戦してるじゃないか。イイ気味だぜ」 『馬鹿者。仮にも君は私の従者なのだぞ。下品な口は慎みたまえ』 古本屋・相川(あいかわ)ユキオ! その手には殺戮文書『ノートン卿』! 空飛ぶ刃が九鈴の右側に集中する! 右手は癒合したばかりで動きが鈍く、防御をすり抜けた刃が九鈴に突き刺さる! 態勢を崩した九鈴に刃が殺到する! その時! 黒いスーツの男が、素早いナイフ捌きで刃を叩き落とした! 「あんたにここで死なれちゃ困るんだよ。俺が死刑求刑できなくなるからな!」 魔人検事・内亜柄陰法(ないあがら かげろう)! 能力発動。《ロジカル・エッジ》! 『涙モノのツンデレ発言』から催涙弾を生成! 四ノ宮。“初見殺し”の疾風雷禍(はやて らいか)は、殺気を感じて身をかがめた。 一瞬前まで首のあった位置を、絞殺ワイヤーが通過する! 疾風は振り向きざまに日本刀を抜き居合い斬り! 飛び離れる黒い影! トリニティの無量小路奏(むりょうこうじ かなで)だ! 奏は空中で射手矢岩名(いてや いわな)に姿を変える! 岩名は銃器生成能力《ニューヨークリローデッド》で巨大な放水銃を生成! そして、水色の髪の栗花落三傘(つゆり みかさ)に姿を変える! 「雨弓(あゆみ)先輩からの頼みなんだ! 僕たちは必ず勝つ!」 「フッ……雑魚が迷い込んできおったか!」 疾風は刀を鞘に戻し、三傘に向かって走る! 三傘、放水開始! 操水能力《レイニーブルー》で強化された超破壊力の奔流! 「セニオ様の奇跡は、時空を超えて私の祖国まで甦らせてくださいました」 「だからネ! セニオっちの戦いに泥を塗る奴は、アメちゃん容赦しないヨーッ!」 五ノ宮には姫将軍ハレル&参謀喋刀(さんぼうちょうとう)アメちゃん+98! 対するは弁髪の老人、“デアデビル”の飛白狼(フェイ・パイラン)。 白狼は無言で拳を構える。形意拳・狼の構え! “先制攻撃 First strike”+“火炎草” ハレルが遠間から参謀喋刀アメちゃんを振るう! 剣身から火炎弾が放たれる! 丸い超肥満体型に、赤緑縞模様の道化師衣装。 手には無数の風船を持ち、顔にはクラウンメイク。 六ノ宮の守護者は、場違いに陽気な姿をした“いつもニコニコ”の追原覇王(おうはら はおう)。 その前に、場違いに幼い少女が現れた。 「指揮装甲車(エルシーブイ)も出ないし、TA-35(ロボット)も出てこない。どうやら私はもう『世界の敵』じゃない」 少女は独りごちた。自分が何者であるのか見失い、戸惑っていた。 「だけど、九鈴さんの邪魔をするんだったら――高島平四葉(たかしまだいら よつば)は、おまえの敵だよ」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 境内から少し離れた路上に、不審なパネルバンが一台、停まっている。 一見、普通の車両だが、スモークガラスに隠れた後部座席から怪しい光が漏れる。 違法ギリギリの改造が施された『四ツ目興信所』の車両だ。 後部座席には、各種通信機器や武装が満載されている。 「よし、見えた……けど、アレってなんですかね。人間の形じゃないですよ?」 運転席の翅津里淀輝(はねつり でんき)が、七ノ宮を見ながら言った。 魔人能力《目ッケ!(アイスパイ!アイ)》の遠隔視で、異形の敵を捕捉したのだ。 「どれどれ……ゲッ、脳味噌が水槽の中に浮かんでやがる。なんなんだコレ……」 淀輝の誘導に従い、対象を目視した雨竜院雨弓(うりゅういん あゆみ)も絶句した。 光の屈折を操作する《睫毛の虹》によって対象の直視経路が開かれている。 「魔人だね! 能力名《R-180(アール・ワンエイティ)》。絶対防御フィールドを前方に生成するよ!」 雨弓から視界を渡された、兎賀笈澄診(とがおい すみ)の可愛らしい目が眼鏡の奥で不気味に光る。 《フォーアイズ アナライズ》による魔人能力の完全把握! コワイ! 「コードネーム“不可侵”のザ・ダムド……わかるのはこれだけです。すみません」 「ん~。あたしも知らない名前ねぇ~。研究所で作られた人造魔人ってトコかなぁ~?」 兎賀笈穢璃(とがおい えり)と偽名探偵こまねの、諜報力と分析力が敵情報を補足する。 ただし、ザ・ダムドに関してだけは有益な情報は得られなかった。 「ま、物理完全防御ってことなら、光と音のファンタジーを楽しんでもらおうぜ」 「えぇ~。戦闘に参加する場合は追加料金だからね~」 「そこは遊園地同盟のよしみでサービスしとけよ。な、リーダー。ハッハッハ」 「こーゆー時だけリーダー扱いしないでよぉ~」 愉快そうに話しながら、屈強な雨弓と華奢な駒音(こまね)が連れ立って七ノ宮へと向かった。 ――ふたりの背中を見ながら、穢璃は言い知れぬ不安を感じていた。 (裸繰埜(らくりの)……?) 形のない不安に包まれた穢璃の脳裡に、憎むべき敵一族の名前が浮かんだ。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 『やはり逃げ延びておったか! 我が盟友オレイン卿に仇なす腐れゾッキ本め!』 いままで無言だったラティス卿が、ノートン卿への敵意を顕わにした。 『相手に不足なし。征くぞユキオ、勇ましく進軍せよ!』 「嫌です閣下。俺は逃げるためにココに来たんですよ」 ユキオはスペルを編集し、二ノ宮の広大な堂内に影の迷宮を張り巡らせる! 踵を返して影の階段を登り迷宮に逃げ込むユキオ! 「赤羽の相手はアタシがするよ! 相川ユキオをブッ殺しな!」 朱色の巨大剣を振り上げ、リオがハルに襲いかかる! 『うむ。腐れゾッキ本を引き裂き馬舎の敷き藁にしてくれよう!』 赤い怪物どもがユキオを追って影の迷宮へと乗り込んでゆく! 撃ち込まれた催涙弾の煙がカルロスの姿を包み込む。 内亜柄は早口で一気に説明した。 「奴の《フェイテッド・イージネス》は自動で攻撃と防御を行う空飛ぶ刃を生成するクソ能力で特に防御力は高く物理攻撃は一切通用しないレベルだが制約条件としてカルロスの野郎は能力発動中その場を動けねぇから催涙弾で奴をいぶり出し動いた所をコイツで仕留めるって寸法だ」 手元に『速い』投げナイフが次々に生成される。 カルロスが一歩でも動けば内亜柄のナイフが神速で飛び、それで決着だ。 放水銃の大出力に《レイニーブルー》を上乗せする! その破壊力は特II型駆逐艦・敷波を一撃で中破させるかもしれない程に凄まじい! さらに飛び散った水も操作し、四方八方から水の槍が疾風を襲う! 疾風は致命的な主砲を巧みに避けつつ、周囲からの包囲槍撃は居合いで相殺する! 「“針の雨”!」 大破壊力攻撃は命中しないのを悟った三傘は、水滴を無数の針弾に変えて範囲攻撃! しかし疾風は超高速連続居合い! 針弾の大半を切り落としダメージは蚊に刺された程度! 気付いた時には既に居合いの間合い! 三傘はパラソルを開いて疾風の視界を塞ぐ! そしてすぐ閉じる! ……パラソルが閉じた時、そこに三傘の姿はなかった。 水浸しの床に、水色のパラソルがぱたりと落ちた。 白狼は滑るような足捌きで僅かに身体を横に逸らし紙一重で火炎弾を回避! そして一転、獣の如き荒々しい踏み込みでハレルに迫る! ハレルは袈裟懸けにアメちゃんを振るう! 白狼は紙一重で回避! 能力《至近の神代(かみしろ)》が発動! 白狼の全身が青白く輝く! 2秒間無敵のサイキック・バリアー! 攻撃を紙一重で避け続けテンションを上げることで無敵時間を得る白狼の特殊能力だ! ハレルは手甲による防御を試みるが、無敵モードに入った白狼の攻撃はガード不能! 餓狼の牙のような型の両拳がハレルの肩に噛み付く! 平服甲冑の肩当てが砕け飛ぶ! 「ヒョホホホ。ウェルカム・トゥ・ザ・ファンタジィ・ワアァールド!」 ピエロ姿の追原が手に持った風船を割ると、中から出てきたのは七連装ショットガン! 風船を通じて異世界の超兵器を購入する追原の能力《幻想商店街》! 「へー。面白そうな武器だね」 四葉の手には《モア》で強化複製した八連装ショットガン! 赤く光る怪物どもは影の城壁を平然と通過して迫って来やがる。 驚くようなことじゃない。相手はオレイン卿と同格の殺戮文書なんだからな。 スペルを編集して、右手に影の槍を生成。 絶賛壁抜け中の怪物が持つ朱色の大剣を、槍でひと突きする。 大剣が実体化して、影の壁に引っ掛かる。 ざまあみやがれ。これで少し時間が稼げる。 ユキオは大剣を引き抜こうとしている怪物に背を向 『時間稼ぎが狙いとは言え、逃げてばかりは感心せぬ。そもそも主人公たるもの――』 「お言葉ですが閣下。いかに偉大なる英雄たるノートン卿にあらせましても」 背を向けて駆け出す。 「今回に限っては、脇役なんですよ」 疾風は目を閉じ、三傘の気配を探る。 奏の奇襲すら感知し得た、疾風の察気術をもってしても三傘の気配は一切感じ取れない。 察気範囲をさらに広げる――四ノ宮全域を範囲に収めたが、やはりいない。 逃げたか――疾風の気がわずかに緩んだ瞬間! 突然三傘が姿を現し、疾風の脇腹をパラソルの突きが貫いた! パラソルの付喪神である三傘は、自分自身の一部であるパラソルの中に姿を隠せるのだ! 三傘の奥の手、奇襲技“ミカサノヤマニイデシツキ”! 疾風は居合いで反撃! 三傘はパラソルを引き抜き受ける! 「ふむ……雑魚呼ばわりして失礼した。拙者も奥義にて御相手仕ろう」 疾風は居合いの構え! ただならぬ殺気が溢れる! 【刀語[特](本日の使用回数:13)(使用時間・単位分:7,059)】 「いやいやまいったネ! ヨソウドーリの強敵だヨ!」 「私の剣……完全に見切られてた」 「相手はハレっち以上に百練千摩! おまけに美術館の戦いもしっかり見てるっポイ!」 「紙一重の回避に失敗しても“おいはぎの曲刀”で肉体ダメージはなし……」 「ストップ! いい加減ソレの反省はやめるコト! アメちゃん逆に怒るヨ!」 「ごめん……」 「サクセン立てるヨ! まだ見せてない手札でフイウチ! どう組み立てようカナ!」 「あのね、アメ。私思ったんだけど……」 「ナニ? アメちゃんがカッコいいっテ?」 「あいつの術、『あの魔法』に似てないかな?」 「あ! ソレダ! アメちゃんもソレ言おうとしてたトコ! ホントだヨ!」 …… ………… 【刀語[特]了】 細い身体のどこにこれほどの膂力が備わっているのか。 リオは朱色の巨大剣を軽々と振り回し、ハルを叩き切らんと暴れ狂う! 「まいったな! 怪物どもの相手のが楽だったかもな!」 日本銀行拳の紙幣斬撃が走る! 硬貨の指弾が飛び散る! 「アハハハハッ! 楽しいねー!」 リオは独楽のように回転し遠心力連続攻撃! ハルは靴裏に仕込んだ紙幣を強化して巨大剣を蹴り反動で高く跳躍! リオの頭上より指弾による硬貨の雨が降り注ぐ! 身体を捻って弾幕を回避しながら巨大剣の回転軸を変化させ垂直回転攻撃! 足裏でガードするが弾き飛ばされ、影の城壁に叩きつけられる! BLAM! BLAM! BLAM! BLAM! トリニティ・岩名の二丁マグナム乱れ撃ち! 疾風の居合い抜き! 刃が煌めき銃弾を切り裂く! 既に三傘は瀕死で戦闘不能。岩名も全身切り傷だらけだ。 ズタズタの赤いワンピースが、鮮血で毒々しい斑模様に染まっている! 「微塵となりて滅ぶべし――《塞狭斬》」 疾風の必殺剣! その論理特性は『初見回避不能』! 三傘が斬られた際に、岩名は既にこの技を見ている――しかし! (ふふふ、だからって二撃目なら必ず避けられるわけでもありませんからね) 岩名は避けない! 全身を九閃の斬撃が同時に切り刻む! BLAM! 後手カウンターでマグナム接射! 疾風の右腕が吹き飛ぶ! (奏……後はたのみましたよ……) 「そんなにうまく行くわけないよなぁ?」 催涙ガスの煙が晴れると、悠然と結跏趺坐したままのカルロスの姿が現れた。 周囲の刃が、風車のように組み合わさって回転しカルロス周囲の空気を浄化している! 「そして標的が二倍なら、刃も二倍だぜ! 二人まとめて解体(カランバ)だ!」 更に大量の刃が生成され、九鈴と内亜柄を狙って飛ぶ! 二人は背中合わせになって無数の刃を迎え撃つ。 トングが刃を弾く! ナイフが刃を弾く! 赤い怪物に追われながら、ユキオが影の城壁から飛び出してきた。 「そんじゃ赤羽、そろそろ撤退としようか!」 「オッケー!」 ハルは二ノ宮の壁面を《ミダス最後配当》で換金! ユキオと共に境内へ転がり出る! 壁面の穴が影の城壁で塞がり、中にリオを閉じ込める! パチパチパチ。焼けた木材のはぜる音。 密かにユキオが放った火が燃え上がり、二ノ宮を覆い尽くさんとしていた。 “跳躍 Jump” ハレルは床を蹴って宙高く舞い上がり、白狼の頭上に至る。 “飛行 Flying”+“三段攻撃 Triple strike” 空気を蹴って軌道を変え、急降下連続斬撃を仕掛ける。 しかし、それすらも白狼の対応可能な範囲内。 白狼は一瞬で放たれた連続三連斬を、全て紙一重で回避! テンションが高まり《至近の神代》の発動条件が満たされた! 三連続側転で居合い斬りを回避! 激しい動きだが胸はないので揺れない! ポニーテールも切断されているため揺れない! 全身からおびただしい出血! 誤解がないよう説明しておくと胸は切断されたわけじゃなくて元々ない! 《塞狭斬》は見切り、相手は右腕を失っている。それでもなお奏は劣勢であった。 居合いは辛うじて避け続けているが、奏のナイフも当たらない。 《サウンドオブサイレンス》の無音奇襲も、疾風の察気術には通用しないのだ。 追原が風船を割る! 禍々しく『16t』とペイントされた巨大鉄球が四葉の頭上に出現! 四葉はゴロゴロと床を転がり即死鉄球を間一髪で避ける! あと3mmズレてたらぺしゃんこになっていた所だ――雪山に散ったあの地球人のように! そして四葉はジャンプ! 「《モア》ーッ!」 禍々しく『16.5t』とペイントされた巨大鉄球が追原の頭上に出現! 「ギャアアアーッ!」 直撃したが追原はまだ死なない! とんでもなくタフネス! 二ノ宮が、赤く燃えている。 その壁面を斬り壊し、燃え盛るドレスを身に纏った守羅紗リオがよろよろと現れた。 リオは境内の池に飛び込み、衣服を消火した。その手に魔導書はない。 「アハハハッ! ラティスの奴が燃えちまった! 畜生、自由だ! これでアタシは自由だ!」 池の中に突っ立ち、涙を流しながらリオは大声で笑った。 彼女と『ラティス卿』の関係がいかなるものだったのか、それはわからない。 だが、魔導書を手にして幸せになった奴はいないし、幸せになろうとしている奴もいない。 それだけは確かなことだ。 内亜柄は大声で言った。 「どうやら梃子でも動かねーつもりだな! だったら俺がガードごと叩き潰してやる!」 巨大なハンマーを生成! 雪山で九鈴が持ち上げた氷塊よりもさらに巨大! 「んー? あんたそんなに怪力だったっけ? ハリボテのフェイク! つまり叩き潰す気無し!」 カルロスは内亜柄の台詞が嘘であることを冷静に見破り動かない! 「正解! あんたマヌケ面の割に賢いじゃねえか」 ゴウ! 巨大な光の柱が刃の防御を貫通してカルロスを包み込んだ! 内亜柄の大声による合図を受けた鎌瀬戌(かませ いぬ)の《ヒトヒニヒトカミ》だ! 「叩き潰すのは俺じゃないんだよ! マヌケ野郎め!」 奏はポシェットから文庫本を取り出し、ナイフで背表紙を切断した。 (……ゴメンね) 切り裂いた本に謝罪し、無音領域を展開! 小説の紙吹雪で敵の視界を奪う! 素早い身のこなしで奇襲を狙う奏! だが疾風は察気術によって奏の動きを全て把握している! ――ざくり。後方から飛来したナイフが、疾風の首を切り裂いた。 背後に仕掛けたナイフを、奏がワイヤーワークによって射出したのだ! 「パラソルの奇襲に反応が一瞬遅れていた。あなたの察気術は非生物の感知が鈍い」 「フッ……紙吹雪は視界封じプラス対察気術チャフ、体術全ては陽動か……見事なり!」 疾風の首から吹き出す血飛沫が、トリニティの勝利を告げた。 “警戒 Vigilance”+“先制攻撃 First strike”+“カラテ Karate Lv.3” 白狼が能力を発動しようとするタイミングを見極め一瞬早く! 場に満ちたテンション、すなわちカラテ・エネルギーをハレルが消費した! 異国より伝わりし特異な魔術体系カラテ! 「イイイヤアアアアアーッ!!」 ハレルは後方宙返りを打ちながら白狼の顎を蹴りあげる! 最高位カラテ呪文サマーソルトキックだ! +“二段攻撃 Double Strike”+“アメノハバキリ+98” ハレルは着地後さらに跳ぶ! もう一回転! 顎を砕かれて宙に浮いた白狼を、アメちゃんで垂直に斬り上げる! 白狼の服が“おいはぎの曲刀”の効果ですべて破れ散る! 垂直に吹っ飛ばされた白狼本体が天井に突き刺さる! 時空が歪み極太の波動レーザー砲が放出される! 追原の超次元収縮亜空間砲! 四葉も極太レーザー砲を発射! レーザー同士が二人の中央で激しくぶつかり合う! 渦巻く巨大なレーザー干渉渦は徐々に追原へと近づいてゆく! 四葉の出力が高い! (ぐぅ……すでに赤字でこれ以上はヤバいのだがやむを得ん!) 追原は懐の激痛に内心号泣しながら風船を割り、超次元収縮亜空間砲をもう一門購入! 「そんじゃあ私も《モア》!」 四葉も一門追加! 四本の極太レーザーが激突し、遂にブラックホールが生成された! ブラックホールは空間を削りながら追原の方へと向かってゆく! 「ギャーッ! 亜空間砲のブラックホールに吸い込まれ異次元に飛ばされギャアーッ!」 大穴の空いた、三ノ宮の屋根の上。 鎌瀬戌は澄み切った夜空に輝く星を見上げていた。 心の中で星を繋いで、女性の姿を形作る。 大好きだったシロ姉の姿なら、どこからだって見つけだすことができる。 (やったよ……シロ姉。この俺が他人(ヒト)の力になれたんだぜ……) 二ノ宮 “剣闘士”の守羅紗リオ:『ラティス卿』焼失により戦意喪失 三ノ宮 “放置プレイ”の張・カルロス:落雷により心肺停止 四ノ宮 “初見殺し”の疾風雷禍:出血多量により戦闘不能 五ノ宮 “デアデビル”の飛白狼:全裸で意識不明 六ノ宮 “いつもニコニコ”の追原覇王:消息不明 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 境内から少し離れた路上に、不審なパネルバンが一台、停まっている。 車両のそばに、二人の女性が倒れている。 少し離れた場所に、銃を手にした男性が倒れている。 三人は時折、苦しそうなうめき声を上げるが、それ以外の動きはない。 スモークガラスに隠れた後部座席の中で、通信機器のLED光がまたたいている。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ハルと九鈴は、最後の七ノ宮に辿り着いた。 そこには、雨竜院雨弓と偽名探偵こまねが倒れていた。 砕け散った水槽。 脳味噌がひとつ、落ちている。 七ノ宮 “不可侵”のザ・ダムド:死亡 脳味噌を踏みにじり、女性がひとり、立っている。 医者であろうか――白衣を着て、大きなマスクをつけている。 その姿には、床板を濡らす液体の刺激臭が、よく似合っていた。 「やあ、ご苦労様。七葉グループのお偉い様方には一度挨拶したかったのでね」 白衣の女性は、ハルと九鈴に視線を向けて優しい声で言った。 「宝珠を集めてくれたんだろう? 感謝するよ」 「すまねぇ九鈴。しくじったぜ……」 呻くように、雨弓が言った。 「こいつは裸繰埜病咲風花(らくりのやみさき ふうか)……パンデミックの張本人だよ~」 弱々しい声で、こまねが言った。 「ほう。まだ喋れるのか。なかなか興味深い」 白衣の女性――風花は手に持った注射器型の拳銃を構えた。 「だが邪魔をされると困るので少し眠ってもらうよ――“死痲風(しまかぜ)”」 銃口から霧状にウィルスが噴射され、雨弓とこまねを包み込む。 ふたりは、一瞬で昏倒した。 「くろうの……かたき!」 九鈴は両手のトングをガシャリと鳴らし、怒りに満ちた戦闘態勢をとる。 そんな九鈴を、赤羽ハルは不思議な気分で見ていた。 自分も何か、こいつに対して怒るべき理由があったような気がする。 脳裡に、車椅子の女性がぼんやりと浮かんだが、それが誰なのかはわからなかった。 「ふむ。それは違わないかな? 九郎君の命を奪ったのは――」 風花は、自らが創り出したウィルスに感染した者のバイタル情報を感知できる。 それによって感染者が、どのように苦しみ、死んでいったかを観察しているのだ。 だから、聖槍院九郎がいかにして死んだかについても完全に把握している。 「ゴミが――しゃべるな」 九鈴のトングが唸りを上げて襲い掛かる! 眩暈でよろめくような動作で、風花はトングを回避し注射銃から“死痲風”を噴射! 二本のトングが素早く空間を掴み取る! 《タフグリップ》によるウィルス捕獲! 日本銀行拳! ハルが硬貨弾を連射する! 「ゴフッ! ゴフッ!」 風花は咳き込みながら床にばたりと倒れ、硬貨弾を回避! 自らに感染させたウィルスの発作を利用した酔拳の如きムーブメント! 旋回しながら飛び起き二人から離れる! 「随分と厄介なトングだな――“銑患(せんかん)コラプション”」 再び九鈴に向けてウィルス噴射! 二本のトングが素早く空間を掴み取る! 《タフグリップ》によるウィルス捕獲! だが……ウィルスを捉えたトングが腐食してゆく! 伝説の名工が隕鉄から造り出した名トング『カラス』が! 岩手県のみに産する特殊合金で造られた名トング『ナンブ』が! 錆びた鉄屑となって崩れ落ちる! 金属すらも感染させ滅ぼす、恐るべき風花の《アウトブレイク》ウィルス! 「トングが……バカな……!? ぐうっ……!」 動揺した九鈴をウィルスの霧が包み込み、昏倒させる! 「チィッ! なんて奴だ!」 ハルは床板を《ミダス最後配当》で換金して床下に潜りこむ! 素早く風花の直下に移動! 床を盾にしてウィルスを防ぎながら潜水艦の如く床貫通硬貨弾で攻撃! 「“朽木患(くちきかん)コラプション”」 ふらふらとした動きで硬貨弾を回避しつつ風花は床板にウィルス噴射! 床板が腐り落ち、風花も床下に潜る! その動きを読んでいたハルは、硬化した一万円札を手裏剣めいて投げつける! 眩暈ムーブによって一万円札を紙一重で避ける風花! しかしハルは《ミダス最後配当》の時間差両替炸裂弾を仕込んでいた! 至近距離で、一万円札が全て一円玉に換金――されない! 風花の全身を包むウィルスの毒気が一万円札を蝕み、貨幣価値を失わせていたのだ! 「ぐっ……がふっ……マジかよ……」 ハルの全身を“死痲風”が包み込んだ。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ わたしはダメだ。 また、掃除できなかった。 ごめんね、くろう。 ごめんね、とうさん。ごめんね、かあさん。 わたしはよわい。 どうしてこんなに弱いのだろう。 トングになろう。 そうだ、わたしは一本の、決して折れないトングになろう。 幸せは要らない。未来も要らない。 愛しい弟を苦しめ死の淵に追いやった憎き敵。 その憎き敵の臓物を掴み、引き摺り出すことさえできれば。 ――それだけでいい。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 聖槍院九鈴が、ゆっくりと、力強く立ち上がった。 全身に力が満ち溢れる。憎き敵を滅ぼすための力が。 怨敵・裸繰埜病咲風花の元へと歩み寄る。 「まだ立ち上がれるとは! なんと素晴らしい被験者であろうか!」 風花は歓喜した。“死痲風”の直撃を喰らってなお立ち上がった者は初めてだ。 《アウトブレイク》のモニタリング能力で九鈴の生体情報を確認する。 ――バイタルサインが、読めない。 「おかしいな。では改めて感染してもらうとしよう」 注射器型拳銃から“死痲風”を再び噴出する。 ウィルスの霧が九鈴を包む! しかし九鈴の歩みは止まらない! 九鈴はトングになったのだ! 九鈴の身体を形作る細胞、ひとつひとつがトングなのだ! 体内に侵入した《アウトブレイク》ウィルスは、トング細胞によって挟み込まれる! そして《タフグリップ》により抑え込まれ即座にウィルス機能を停止する! 風花は狼狽した。“死痲風”連続噴射! 効果無し! 「化け物め! 近付くなーッ!」 九鈴の顔面に拳で殴りかかる風花! 頬に命中した拳は、そのまま頬の表皮細胞に《タフグリップ》で固定される! 緩慢な動作で、九鈴は風花の喉を掴み、押し倒した。 九鈴の右腕が、風化の胸にざくりと差し込まれ心臓を掴む。 「では、ころします」 淡々と、そう告げた。 「やめろ! やめろッ! 私を殺して弟が喜ぶとでも思っているのか!」 苦し紛れに風花が呻いた言葉に、九鈴の動きが止まった。 「ころしちゃ……だめだ……。くろうを……よろこばせなきゃ……」 九鈴は、心臓から手を離した。 「じっくりしなきゃ。ゆっくり……できるだけ、くるしめて……」 その表情は、満面の笑顔だった。 九鈴は今まで、楽しみのために殺人を行ったことはない。 くりんは、これから、はじめて、たのしんで、ころします。 みててね、くろう。おねえさん、がんばるよ。 九鈴の楽しそうな笑顔を見て、風花の脳内一杯に恐怖の感情が満ちた。 そして、風花の頭部は爆発四散した。 「九鈴さん……ぜんぶ自分で掃除しようとしちゃあいけないぜ」 ハルの撃ち込んだ日本銀行拳の硬貨が風花にとどめを刺したのだ。 「殺すのは、暗殺者の仕事だぜ」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 長々と終わらぬ会議に、七葉樹落葉(ななはぎ おちば)は焦れていた。 結局のところ他の頭首たちは、賞金、副賞を払いたくないだけなのだ。 払わない理由が少しでもあれば、それに拘泥し、出し渋る。 理由がなければ、延々と理由を探し続ける。 14歳の若さにして七葉グループの総帥を務める落葉の権力基盤は不安定だ。 ゆえに、筋が通っていない意見に対しても、強硬な態度には出られない。 苛立つ落葉に、森田一郎(もりた いちろう)が音も無く近付き、耳打ちした。 険しかった落葉の表情が、少し緩んだ。 「諸君。話題の御二方が直接来たようだ!」 「馬鹿な……この僅かな時間であの『七人』を倒したというのか!?」 「おそろしい……」 「やはり奴らは『世界の敵』……!!」 「南無阿弥陀仏……」 落葉の台詞に、ざわつく権力者たち。 「ザ・キングオブトワイライト優勝者、赤羽ハル様。 並びに裏トーナメント優勝者、聖槍院九鈴様。お入りください」 森田に促され、ハルと九鈴が夏菅大社の祭殿に姿を現した。 その全身は傷だらけで、激しい戦いの痕を物語る。 風花の死によってウィルスは力を弱めたが、ふたりに残された体力は僅かだ。 「ハル様。九鈴様。どうぞ御用件をお話しください」 赤羽ハルが言った。 「あー、言いたいことは色々あるが……『契約は守れ』まずは、それだけだ」 饒舌な彼らしくもなく簡潔な意見だった。 だが言外に、契約に反した場合は手段を選ばず抗う決意が込められていた。 そして、九鈴も続けた。 「『そうじしなさい』特に、汚れた己の心を。私から言うべきことは以上です」 彼女の意見も簡潔だった。 だが、何をしでかすか分らない度で言えばハル以上かもしれない雰囲気だった。 「聞いたか貴様ら!」 落葉が、怒声を上げた。 「彼らは、世界の全てを敵に回して戦うことができる力を持った魔人だ! その魔人の望みを聞いたか?『あたりまえのことをしろ』それだけだ! 参加者の中には、確かに邪悪な奴も居た! だが、参加した選手全てが、己の目標のため全力で戦った! その結果として勝ち残った二人に、貴様らは裏切りを働くつもりか! 裏切りの果てに、彼らを『世界の敵』にするつもりか! あさましき者どもめ! 恥を知れ! 本当の『世界の敵』が誰なのか、貴様らが一番よく解っておろう!」 落葉に反論するものは、もはやいなかった。 三傘山の上に昇った満月が、静かに光を投げ掛けていた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 【聖槍院九鈴・エピローグ「逮捕」】 病院から九鈴が現れると、報道陣のカメラが一斉にフラッシュを浴びせた。 光に包まれながら、九鈴は背筋を伸ばししっかりとした足取りで歩いた。 毛布に包まれた両腕には魔人拘束錠が填められているが、その心は解放されていた。 九鈴は、掃除を成し遂げたのだ。 拘置所へと向かう魔人護送車の座席に深く腰を掛け、九鈴は瞳を閉じた。 瞳を閉じて、今は亡き父と、母と、弟のことを想った。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 【赤羽ハル・エピローグ「目撃者」】 なんとか賞金を手に入れたものの、ハルの借金は依然として膨大だ。 副賞として割のいい仕事を回してもらえているため、辛うじて死なずにすんでいる。 今夜も仕事でとある病院に来ている。 七葉グループの金を横領した悪徳医師の『自殺』を見届けるだけの簡単なお仕事だ。 屋上から地面に落ちてグシャリと潰れた姿を確認して振り向くと――。 そこに、車椅子に乗った女性がいた。 熟練の暗殺者であるハルが、背後の人物に気付かぬことなどありえない。 なぜ、“ハルの意識から彼女の存在が消えていた”のだろうか。 目撃者は消さなければならない。 だがハルは、理由のわからぬままに、彼女を殺すことはできないと直感していた。 荒涼とした男だった。 まるで若いチンピラのような印象を与える、刺々しい金髪。 革ジャケットの下には、お世辞にも趣味の良くないチェック地のシャツ。 男は、暗殺者だった。 今まさに、リサイクル箱に空き缶を放り込むような気軽さで、人を突き落としていた。 だが、彼の姿を見た瞬間、なぜか胸に暖かいものがこみ上げた。 奇跡的に視力を取り戻しつつある白詰智広の目から、理由のわからぬ涙が溢れ続けた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 【高島平四葉・エピローグ「消された過去と、白紙の未来」】 東京を遠く離れた、小さな村落。 ローターの爆音を響かせ、小型のヘリコプターが小学校の運動場にゆっくり着陸した。 「はあい、ついたよん!」 操縦士の少年は、隣の席で眠りこけている少女を揺り起こす。 ヘリに乗っている二人の魔人は、どちらも10歳前後の年齢である。 「ん……ありがと。じゃあまたね」 目を覚ました少女、高島平四葉は少年に礼を言い、校庭にぴょん、と飛び降りた。 「バイバイ。こんどは仕事ヌキで遊びたいな」 操縦士ボーイは笑顔でにっこり挨拶した。 ホエールラボラトリ社の忠実な端末である彼は、残忍な任務もこなす危険な魔人だ。 黄樺地セニオを襲撃し、瀕死の重傷を負わせたように。 だが、プライベートでは年相応の幼い一面もある。 飛び去るヘリを見送りながら、四葉は両手を上げぐいっと伸びをした。 そして、ヘリの下に広がる懐かしい故郷の風景を見て、ちょこんと首を傾げる。 かつてこの地で、幼い四葉の身の上に陰惨な出来事が降りかかった。 その出来事については、あまりに悍(おぞ)まし過ぎてここに記すことはできない。 教師も、友人も、家族も、四葉の味方にはなってくれなかった。みんな敵だった。 やがて四葉は魔人として覚醒し、強化型ウィルスを撒き、故郷の人々を皆殺しにした。 ――そんな、悲しい時間軸も、存在した。 文字通りに『世界の敵』であった四葉の過去は徹底的な改竄を受けている。 もはや、四葉に辛く悲惨な過去は無く、故郷にパンデミックを起こした事実もない。 では何故、四葉は魔人で、《モア》を使えるのだろうか。 その辺は、セニオの世界平和なら細かいことはまーいっしょ的アバウトさでウヤムヤだ。 マジパネェとしか言いようがない。 いずれは世界の恒常性維持機能が働き、細かい辻褄も次第に合ってくるだろう。 世界改変が生んだ様々な矛盾が消えた時が、セニオの魔法が終わる時かもしれない。 魔法が解けた後、再び破滅に向かってゆくのか、とこしえに平和が続くのか。 白紙の未来を開く鍵は、世界に住む人々全ての手に、少しずつ分け与えられている。 とりあえず四葉は、久々に家に帰り、ご飯を食べて、いっぱい話をすることにした。 お母さんとお父さんに話したいことが、それはもう、いっぱいいっぱいあるのだ。 それから――どうしよう。 やっぱり目指すは世界征服、かな。 「マイ目標イィーズ、セカァー、ウィー、セェーイ、フゥーク!」 言ってみて、ちょっと今のは馬鹿みたいだったなと思い、四葉は笑った。 無邪気に、邪悪に、笑った。 (おわり) このページのトップに戻る|トップページに戻る
https://w.atwiki.jp/javadsge/pages/6466.html
class MyClass def __init__(self) # コンストラクタ self.name = "" def getName(self) # getName()メソッド return self.name def setName(self, name) # setName()メソッド self.name = name a = MyClass() # クラスのインスタンスを生成 a.setName("Tanaka") # setName()メソッドをコール print (a.getName());